2018年03月17日公開

アメリカがウォーターゲート事件から学んだ教訓を参考に

森友問題の本質は最高権力をいかにチェックするか

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司会

概要

 昨年からウォーターゲート事件とペンタゴンペーパー事件におけるメディアの役割の取材を始めたのだが、ここにきて森友学園問題が新たな展開を見せたことで、この事件が1971年にアメリカで起きたウォーターゲート事件と酷似した面があることに気付いた。

 ウォーターゲート事件では、独立検察官というポストが設置され、ニクソン大統領自身が事件に関わっていたかどうかの捜査が行われたが、その終盤において、ニクソン自身の事件への関与を示す録音テープの存在が取り沙汰された。そして、世の中の関心は、ニクソンがそのテープを出すのか出さないのかに注目された。

 森友学園問題を巡り、決裁前の文書の有無が取り沙汰されたり、それを出す出さないで大騒ぎになっている様は、ウォーターゲート事件におけるニクソンの録音テープを巡る論争を想起させるものだった。

 ちなみにニクソンは、議会からのテープの提出を求められながら最後までその提出を拒んだために弾劾に掛けられ、弾劾決議案が下院本会議で採決させる直前に辞任したため、事件当時このテープが公開されることはなかった。実際にテープが公開されたのは40年後の2013年になってからのことだ。

 国有地の払い下げで不法な権力行使があったことが疑われている森友学園問題と、政敵の政党本部に盗聴器を仕掛ける策謀に大統領自身が絡んでいた可能性が疑われたウォーターゲート事件では事件の質も内容も全く異なる。しかし、両者はいずれも、民主主義において最高権力をいかにチェックするのかという命題を抱えているという意味において、実は多くの点が酷似している。いや、単に似ているというだけでなく、アメリカがこの事件から学んだ痛くて重い教訓を、今回われわれも森友・加計問題を契機に活かさない手はないのではないか。

 森友問題は朝日新聞のスクープによって財務省による決裁文書の改竄が明らかになり、新たな次元に突入している。

 一度決裁された公文書を書き換えて国会に提出する行為が民主主義の根幹を揺るがす行為であり、徹底的に真相が究明されなければならないことは言うまでもない。また、もし佐川前国税庁長官が国会で意図的に嘘の答弁をしていたとすれば、それも議会制民主主義の根幹に関わる重大な背信行為であることは言うまでもない。

 しかし、公文書の改竄も議会での偽証も、「そもそもそれが何のために行われたのか」という「そもそも論」を抜きにして、その行為だけを追求するのでは意味がない。森友問題も加計問題も、その本質は権力、しかも最高権力が不当に行使された疑いが生じているにもかかわらず、有権者・納税者が納得できるような形でその真相を明らかにするための仕組みが、現在の日本の民主主義に存在しないところにある。

 森友学園に不当な廉価で国有地の払い下げが行われたことの背後に、安倍政権が直接、あるいは間接的に関与していたことを示す証拠があるわけではない。また、加計学園についても、前川喜平元文科事務次官の証言などはあるが、実際に獣医学部が認可される過程で首相の権力が何らかの形で行使されたと断定するに足る証拠が、出ているわけでもない。

 問題は、これだけ問題が大きく、かつ長引いていながら、いまだにイエスともノーとも断定できる証拠が出てこないところにある。これは明らかに制度上の欠陥が露呈していると言わざるを得ない。

 明らかに土地払い下げの条件や学部認可の過程に不自然な点があり、その対象となった2つの学校では、かたや首相夫人が名誉校長を務めていたり、もう一方では首相自身が「腹心の友」と呼ぶ昵懇の関係にある人物が代表だったことがわかっている。にもかかわらず、安倍政権は自らがそこに不法行為や違法な取り引きがあったかどうかを徹底調査しないために、いつまでたってもそれが「疑惑」のまま宙ぶらりんになっているところにある。

 その間、メディアや野党が、疑惑を単なる疑惑で終わらせないための追求や証拠集めを続けている。しかし、国会では少数派に過ぎない野党や民間企業に過ぎないメディアが持つ権限だけでは、最高権力が不当に行使された証拠を掴むことも、あるいはその疑いを晴らすことも容易ではないのは当たり前のことだ。

 1972年6月17日、ワシントンのウォーターゲートビル内にある民主党全国委員会本部に盗聴器を仕掛けるために不法侵入した5人組が逮捕され、5人の中にニクソン政権と繋がりが深い人物が含まれていたことが明らかになった時、アメリカは最高権力者の犯罪をチェックすることの難しさを嫌というほど思い知らされる経験をしている。

 アメリカには連邦レベルの警察としてFBI(連邦捜査局)があるが、そもそも常設機関であるFBIの長官は大統領によって任命されているため、FBIは大統領の犯罪については中立的な捜査を行える立場にはないと考えられた。そのためにアメリカは、大統領の犯罪を捜査するために「独立検察官」という制度を導入する。

 司法長官によって任命される独立検察官は、大統領の権力の影響を受けずに事件を捜査することを目的としていたが、とはいえその独立性は大統領の犯罪を捜査するためには明らかに不十分なものだった。その時点でアメリカでは、そもそも大統領がウォーターゲート事件のような犯罪に関与することは想定されていなかったのだ。

 実際、ニクソンはコックス独立検察官の捜査の手が自身に及び始めると、大統領権限を使って司法長官に対してコックスの罷免を要求した。特別検察官は大統領ではなく司法長官が任命していたが、司法長官は大統領が任命していたので、大統領の命令には従わざるを得ない。リチャードソン司法長官は大統領の要求を受け入れる代わりに司法長官を辞任する。するとニクソンは今度は司法省のNO2であるラッケルズハウス副長官に特別検察官の罷免を要求し、副長官も抗議の辞任をしてしまう。それでもニクソンは諦めず、司法省NO3のボーク訟務長官に検察官の罷免を求め、大統領の要求に抗いきれずに訟務長官はコックスを罷免したため、結果的に司法長官、司法副長官、特別検察官の3人が同じ日に辞任をしたり職を解かれるという、前代未聞の事態に発展する。

 これが1973年10月20日の土曜日だったため、このできごとはアメリカでは「土曜の夜の大虐殺」(Saturday Night Massacre)と呼ばれ、最高権力が濫用された最たる事例として、アメリカ史に名を刻むことになった。同時にこの時、自らを自由主義陣営のリーダーであり民主主義の盟主を自認していたアメリカでさえ、最高権力の暴走を防ぐための制度が未整備だったことを痛感させられたのだった。

 ちなみにニクソンはその後、「土曜の夜の大虐殺」が仇となり下院の委員会で弾劾決議案が可決され、下院本会議で弾劾が採決される直前に、辞任に追い込まれている。それまでも暗殺や病気で大統領が任期を全うできなかった事例は何度かあったが、大統領自らが任期途中に辞任をしたのは、後にも先にもニクソンしかいない。

 ニクソンが大統領権限をフルに使って特別検察官の捜査の邪魔をしたことが功を奏し、政敵の政党本部への盗聴器の設置という犯罪へのニクソン大統領との直接の関係は最後まで立証されなかった。しかし、ニクソンはその行為によって「司法妨害罪」に問われることになる。これは懲役10年以下の重い罪だった。最終的にニクソンは事実上の司法取引によって、大統領を辞任することと引き換えに副大統領から大統領に昇格したフォードによって恩赦されため訴追は逃れている。

 ちなみにアーカンソー州知事時代の利益誘導疑惑で弾劾裁判にかけられたクリントン大統領も、利益誘導そのものは立証されなかったが、やはり「司法妨害」の容疑で弾劾裁判にかけられている。

 最高権力の座にある大統領がその権力を駆使して自らの不法行為の隠蔽を図れば、捜査機関を自らの指揮下に置いている以上、犯罪の立証を阻止できるのは当然と言えば当然だ。しかし、アメリカの独立検察官のような、最高権力者から一定の独立性を保障された組織が捜査に当たれば、政権寄りか反政権かを問わず、誰もが納得できる事実が究明される可能性が高い。

 日本にも、もしも最高権力者による不法行為が介在していたことが明らかになった場合は、権力者は「司法妨害」の罪を犯して捜査に介入しない限り、真相の究明の邪魔をすることはできないような制度が必要ではないか。もちろん、独立した中立的な機関によって捜査が行われれば、何も不法行為がなかったのであればそれもはっきりとさせることができる。権力の正統性を強化するためにも、権力から独立した権力チェック機能は必要なのだ。

 具体的な方法としては、国会内に与野党合意の上で特別検察官のような制度を作る権限を与えるか、あるいは3条委員会のような独立行政委員会の制度を使って、より中立性を強化させた委員会を設置するなど、いろいろな可能性が考えられるだろう。

 文書の書き換え問題を含め、今後も現行制度の下で、様々な疑惑の真相解明が進んでいくことを期待したい。しかし、同時にその過程で、現行の権力チェックの仕組みにどのような弱点があるかをしっかりと見極めた上で、それを次に活かしていくという視点を持つことも重要なのではないか。

 そもそも一定の権限を与えられた機関がきちんと調べれば簡単に白黒がつくような単純な問題が、いつまでたっても「疑惑」のまま尾を引き、これだけ長期にわたり国政を停滞させ、しかも国政に対する国民の信用を低下させているという事実だけでも十分に、現在の日本には最高権力をチェックするための体制に不備があることを物語っていると考えるべきだろう。

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