2019年2月23日
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生まれてくる命の線引きについて、今私たちが考えておかなければならないこと

松原洋子氏(立命館大学副学長)
マル激トーク・オン・ディマンド 第933回(2019年2月23日)

 「不良な子孫の出生を防止する」とした旧優生保護法の下での強制不妊が、極めて非人道的なむごい政策だったことはもはや論を俟たないが、その一方で、今日、利用者が増えている新型出生前検査や今後普及してくるとみられるゲノム編集は、それとどう違うのか。

 旧優生保護法による強制不妊手術で被害を受けたとして、今、全国7つの地裁で国家賠償を求める裁判が行われている。去年1月に提訴された仙台訴訟は、早ければ来月にも結審を迎える見通しだ。また、被害者に対する救済法案が超党派で今国会に提出される準備が進んでいる。

 その一方で、6年前に日本でも始まった新型出生前検査(NIPT)は、少量の血液で染色体異常が高い確率で推定できるというもので、当初は遺伝カウンセリングを受けることを条件にするなど一定のルールのもとで行われてきたが、現在条件の緩和が検討され、今後さらに利用者の拡大が予想される状況にある。また、生命科学や生殖医療の進歩に伴い、受精卵の段階で遺伝子自体を操作するゲノム編集も現実的なものになっている。

 1996年まで続いた旧優生保護法下で障害のあるとされる人たちが子どもをもつ権利を強制的に奪われたことと、現在行われている新型出生前検査によって胎児の障害の有無を知ってその結果中絶を選択することを同列に論じることには、無理があるかもしれない。しかし、優生思想の歴史について研究を続けてきた立命館大学の松原洋子教授は、旧優生保護法下で起きていた問題は、今日の生命科学や生殖医療の分野で起きている様々な課題と、決して無関係なものではないのではないかと問いかける。

 もちろん現在の状況を、過去の優生思想と一括りにして批判するだけでは、何も解決はしないだろう。しかし、生まれてきてよい命といけない命の線引きが許されるのかという問いは、両者に共通している。それを国家が法律で規定した人権無視の旧優生保護法は論外であるとしても、現在はそれが「個人の選択」の範疇で行われている。このまま新しい技術の導入が進んでいけば、結果的に生まれてくる命の線引きが起きることは避けられないのではないか。いや、既にもうそれが起きている可能性がある。

 個人の自己決定権は最大限尊重されるべきかもしれない。しかし、日進月歩の勢いで進歩する生命科学や生殖医療について、市民社会の側はどこまでその現実を理解して「個人の選択」を下しているのだろうか。たとえば、新型出生前検査を受ける時、最終的に中絶という葛藤を伴う判断を下さなければならない可能性があることを承知の上で、検査を受けているだろうか。

 戦後の混乱期に人口抑制策の一環として成立した優生保護法は、その後、中絶の是非をめぐる激しい議論のなかで、女性の権利をまもるものとして、法律の文脈が変質していった。人口政策、障害者運動、女性の権利、そして医療技術のあり方など、捉え直さなくてはならない様々な側面がある。松原氏は、新たにわかった事実をもとにしながら、医療機関、学会なども含めて、政策の検証が必要だと指摘する。

 データ医療がもてはやされるなかに命の営みも取り込まれていないか、優生保護法成立当時は問題にならなかったことが今、別の次元で起きている可能性はないかなど、命と社会をめぐる生命倫理の研究者でもある松原洋子氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。

 
松原 洋子(まつばら ようこ)
立命館大学副学長
1958年東京都生まれ。81年筑波大学第二学類生物学類卒業。87年東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論専門課程修了(理学修士)。98年お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(学術)。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科助手、三菱化学生命科学研究所社会生命科学研究室特別研究員、立命館大学産業社会学部教授を経て、2003年より立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。19年より現職。共著に『優生学と人間社会』、『生命の臨界―争点としての生命』など。

 

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