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Vol 83(831~840回収録)

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なぜわれわれは福島の教訓を活かせないのか

(831回 放送日 2017年03月11日 PART1:54分 PART2:1時間12分)
ゲスト:田辺文也氏(社会技術システム安全研究所所長)

 2017年3月11日、日本はあの震災から6周年を迎えた。
 一部では高台移転や帰還が進んでいるとの報もあるが、依然として避難者は12万人を超え、その7割以上が福島県の避難者だ。
 原発の事故処理の方も、いまだにメルトダウン事故直後の水素爆発によって散らばった瓦礫を取り除く作業が行われている状態で、実際の廃炉までこの先何年かかるかは、見通しすら立っていない。
 福島第一原発のメルトダウン事故については、政府、国会、民間の事故調査委員会がそれぞれ調査報告書を出しているほか、さまざまな検証が行われてきた。これまでの説明では概ね、津波によってステーション・ブラックアウト(全電源喪失)に陥ったことによって原子炉を冷却できなくなったことが、メルトダウンに至った原因とされてきた。一部で地震による原子炉の損傷も指摘されているが、あれだけの地震と津波に同時に襲われ電源がすべて失われるような事態を想定していなかったことが問題視され、安全神話などのそもそも論に関心が集まったのは記憶に新しいところだ。
 しかし、ここに来て、新たに重要な指摘がなされている。それは、そもそも事故直後の対応に大きな問題があったのではないか、というものだ。
 日本原子力研究所(原研)などで原発の安全を長年研究してきた田辺文也・社会技術システム安全研究所所長は、日本の原発には炉心が損傷するシビアアクシデントという最悪の事態までを想定して3段階の事故時運転操作手順書が用意されており、ステーション・ブラックアウトの段階からその手順書に沿った対応が取られていれば、あそこまで大事故になることは避けられた可能性が高いと指摘する。少なくとも2号機、3号機についてはメルトダウン自体を回避できたのではないかと田辺氏は言うのだ。
 事故時運転操作手順書には事故発生と同時に参照する「事象ベース手順書」と、計器などが故障して事象が確認できなくなってから参照する「徴候ベース手順書」、そして、炉心損傷や原子炉の健全性が脅かされた時に参照する「シビアアクシデント手順書」の3つがあり、事故の深刻度の進行に呼応して、手順書を移行していくようになっている。田辺氏は特に今回の事故では停電や故障で計器が作動しなくなり原子炉の状態がわからなくなってから「徴候ベース手順書」に従わなかったことが、結果的に最悪の結果を招いた可能性が高いと指摘する。
 以前からこの「手順書」問題は仮説としては指摘されていたが、ステーションブラックアウトに直面した福島第一原発の現場で実際に手順書がどのように扱われていたのかが不明だったために、それ以上の議論には発展していなかった。
 ところが、朝日新聞による「命令違反」報道を受けて、政府は2014年9月11日にいわゆる吉田調書を含む「政府事故調査委員会ヒアリング記録」を正式に公開。その中で吉田昌郎福島第一原発所長(当時)が政府事故調に対し、「いちいちこういうような手順書間の移行の議論というのは私の頭の中では飛んでいた」と証言していたことが明らかになり、あらためて手順書の問題に焦点が当たるようになった。
 そして、実際に手順書の内容と事故直後に東京電力が取った対応を比較すると、東電の対応は手順書から大きく逸脱していたばかりか、「そもそも手順書の概念や個々の施策の目的や意味が理解できていなかった」(田辺氏)ことが明らかになったのだと言う。
 実際に事故に直面した吉田所長を始めとする福島第一原発のスタッフの混乱ぶりや恐怖は、われわれの想像を絶するものがあったにちがいない。そのような状況で「手順書」がどうのこうの言っている余裕はなかったという思いも十分理解できる。しかし、「だからこそ事故対応手順書が必要なのだ」と田辺氏は強調する。
 現在の事故時運転操作手順書はスリーマイル島原発事故やチェルノブイリ原発事故の教訓をもとに作られていると田辺氏は言う。2度と同じような失敗を繰り返さないために、高い月謝を払って人類が蓄積してきた原発事故対応のノウハウが凝縮されているのが3段階の事故時運転操作手順書なのだ。
 たとえ手順書通りに対応していても、もしかすると福島の惨事は避けられなかった可能性はある。しかし、少なくともあの福島の事故で、事故後の対応に過去の失敗の教訓が活かされていなかったという事実を、われわれは重く受け止める必要があるだろう。起きてしまった事故は元には戻せないが、少なくともわれわれにはその教訓を未来に活かす義務があるのではないか。
 田辺氏は、今回の事故ではこの手順書の問題がきちんと検証されていないために、新たな安全基準も不完全なものになっている可能性が高いと指摘する。
 どんなにしっかりとした手順書を作っても、その意味を十分に理解した上で、それが非常時でも実行できるような訓練が不可欠と語る田辺氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

迷走する介護保険をどうするか

(832回 放送日 2017年3月18日 PART1:56分 PART2:32分)
ゲスト:小島美里氏(NPO法人暮らしネット・えん代表理事)

 2000年に介護保険制度が導入されて、この4月で17年が経つ。
 当初、介護の社会化がうたわれ、家族の負担を軽減し社会全体で介護を担うための公的保険として大きな期待を集めた介護保険だったが、その後、何度も改正を繰り返すなど迷走を続け、そのたびに利用者も事業者も振り回されてきた。
 そして、今国会にも介護保険法の改正案が提出されている。
 埼玉県新座市で介護事業に取り組む小島美里さんは、既に介護の現場は低所得層のみならず中間層までもが、介護保険の利用ができない深刻な事態に陥っていると指摘する。利用者負担が引き上げられ重度にならないと利用ができないなど、介護保険導入時の「自宅で最期まで」という理念が失われているというのだ。
 背後には介護費用の増大という問題がある。公的介護サービスは利用者の自己負担分(当初1割)を除いた介護保険給付費のうち、5割を40歳以上が負担する介護保険料と残りの5割は国と都道府県・市町村の税金とで賄う仕組みになっている。利用者の増加に伴い、これまで、軽度者のサービスを抑制したり、収入が一定額を超える人の自己負担率を2割に引き上げたりするなど、介護保険給付費を抑えるための措置が取られてきたが、それでも当初3.6兆円規模でスタートした給付費が現在は10兆円を超え、団塊の世代が75歳を迎え後期高齢者となる2025年には20兆円にもなると言われている。
 安倍首相は、来年度の診療報酬/介護報酬の同時改定を、「非常に重要な分水嶺」と国会でも答弁し改革の必要を訴えるが、費用の伸びを抑えるための場当たり的な制度変更を繰り返しても、高齢者が安心できる介護制度となることは期待できない。
 高齢化が進む日本で、老後を安心して過ごすための決め手となるはずの介護保険はどのような変節を経て、今どうなっているのか。介護の現場をよく知る小島美里氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。

朴槿恵大統領罷免に見る民主主義のもう一つの形

(第833回 放送日 2017年3月25日 PART1:43分 PART2:37分)
ゲスト:小此木政夫氏(慶応義塾大学法学部名誉教授)

 お隣韓国の政治が喧しい。
 朴槿恵(パク・クネ)大統領が友人の崔順実(チェ・スンシル)氏と通じて職権を乱用したとされる、所謂「民間人による国政壟断疑惑事件」はついに大統領の罷免と、検察による大統領への長時間の事情聴取へと至り、いつ逮捕状が出てもおかしくない切迫した状況を迎えている。
 日本人の感覚からすると、現職大統領が犯罪の疑いをかけられた上に罷免され逮捕にまで至るという事態は、国家の非常事態としか思えないところがあるが、実は韓国ではこれまでも 元大統領が逮捕・起訴され有罪判決を受けるケースは数多くあった。
 全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)、両元大統領はいずれも有罪判決を受けているし、日本ではよく知られる金大中(キム・デジュン)元大統領も親族がらみの資金疑惑で有罪判決を受けている。最近では盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領が、不正資金疑惑をかけられた親族が横領や贈賄容疑で逮捕された上に、本人が検察の事情聴取を受けた直後に岩崖から投身自殺するといった衝撃的な事件も起きている。
 これは韓国の政治はそこまで腐敗しているということを意味しているのか。
 朝鮮半島情勢に詳しい慶応大学の小此木政夫名誉教授(現代韓国朝鮮論)は、大統領が軒並み逮捕される状況を理解するためには、韓国の政治の背後にある特異な行動原理を知る必要があると説く。
 韓国の政治は政治主導者である大統領に忠誠を尽くす私的なネットワークである「制度圏」と、社会正義を実現するために市民、インテリ、学生らが運動を通じて政治に参加する「運動圏」の2つの行動原理で動いており、通常は両者のせめぎ合いの中で微妙なバランスを保っている。「制度圏」は歴代の政権では親族がその役割を果たしていたが、両親を暗殺され家族もいないパク・クネ大統領の場合、親の代から親しくしていたチェ・スンシル氏がそこに入り込んだ。そして、一民間人に過ぎないチェ氏に大統領が演説の原稿を事前に見せていたことが暴かれたことで「制度圏」に対する不信感に火がつき、「運動圏」の怒りが爆発したのだと小此木氏は語る。
 これは韓国の政治が特別に腐敗しているとか民主主義が未熟であるというよりも、単に韓国の政治のスタイルが日本や他の国々と異なっているのだと理解するべきだと、小此木氏は強調する。
 韓国の政治に参加民主主義の要素が非常に強いことは高く評価すべき面がある一方で、それがあまりにも強く働き過ぎると、政治が不安定化する原因にもなり得ることを、今回の朴槿恵の事件は示しているということのようだ。
 とはいえ、北朝鮮の度重なる核実験やミサイル発射などで、東アジア情勢は緊迫の度を高めている。そのような状況で、韓国に政治的空白が生じることは、東アジア全般の不安定要因となる。韓国では5月9日に大統領選挙が予定されているが、小此木氏は金日成の誕生日や北朝鮮人民軍の設立記念日にあたる「建軍節」を控えた4月の中旬から下旬に、北朝鮮が大きな軍事行動に出る危険性が高いと警鐘を鳴らす。今のところ、大陸間弾道弾(ICBM)の発射実験のような、アメリカに対する直接のメッセージとなる行動に打って出る可能性が高いと小此木氏は観測する。
 韓国に今何が起きているのか。現在の政変は韓国経済や東アジアの安全保障にどのような影響を与えるのか。日本はどう対応すべきなのか。朝鮮半島情勢の第一人者の小此木氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

5金スペシャル
パンドラの箱が開いたトランプのアメリカに行ってきた

(第834回 放送日 2017年4月1日 PART1:1時間18分 PART2:1時間)

 その月の5回目の金曜日に特別企画を無料でお送りする5金スペシャル。
 今回は3月上旬から中旬にかけてアメリカを取材してきたジャーナリスト神保哲生の取材映像などをもとに、アメリカ取材の中間報告とその意味するところを神保と社会学者の宮台真司が議論した。
 今回はトランプ政権を裏で操るスティーブ・バノンが自任するオルトライト運動の源流を訪ねて、長年アメリカで白人の立場から人種運動に携わってきた大御所の白人至上主義者や、サッチャー政権の政策立案に携わった伝統的保守主義者らのインタビューなどを通じて、今、アメリカで何が起きているかについて考えた。

ピンボケの家庭教育支援法で安倍政権は何がしたいのか

(第835回 放送日 2017年2017年4月8日 PART1:42分 PART2:41分)
ゲスト:広田照幸氏(日本大学文理学部教授・日本教育学会会長)

 今国会で森友学園問題追求の裏で着々と審議が進んでいる数々の法案の中に、重大な問題を抱えたものがあまりにも多いことを、ビデオニュース・ドットコムでは何度か指摘してきた。
 その一つが、自民党が今国会での成立を目指している「家庭教育支援法案」だ。
 これは保護者が子育ての意義への理解を深め喜びを実感できるように、自治体と地域住民などが連携して社会全体で支援することを謳ったもの。核家族化が進む昨今、国や地域ぐるみで家庭教育を支援することが緊要な課題だという問題意識の上に立ち、自民党を中心に議員立法で法案が作成され、現在は国会提出を待つばかりの状態にある。
 しかし、この法案が何とも噴飯ものなのだ。
 日本教育学会の会長を務める広田照幸・日本大学教授は、そもそも法案が前提としている「核家族化が進み、家庭内での親子関係が希薄になっている」などといった現象はまったく事実に反したもので、「思い込みで今の家庭や子供たちを決めつけて、そのうえで法律を改正しようというのが、現状認識で非常に大きな問題」だと指摘する。
 さらに、これまで各家庭の判断に任されてきた家庭での教育に政府が口を挟むことは、戦前の悪しき伝統の復活につながる恐れがあり、よほど慎重になる必要があるとも語る。
 要するに、そもそも前提が間違っている上に、本来は禁じ手である家庭内の問題に政府が手を突っ込む行為を可能にする法案が、今、堂々と審議されようとしているということだ。
 広田氏は家庭教育支援という意味では、貧困家庭や本当に子供の教育の助けを必要としている家庭の支援は評価するとしている。「支援」の大義名分に紛れて、家庭内の教育のあり方にまで政府が口を挟もうとしている本音が透けて見えるところが、この法案のどうにも気持ち悪いところだ。
 確かに、近年、核家族や共働き世帯の割合は増えている。しかし、これは戦後の高度成長期の一時期に専業主婦が増え、家庭内の役割分業が進んだ時代からの揺り戻しの面が強い。実際、大正時代は核家族の割合が5割を超える一方で、3世代以上の同居家族の割合は3割に過ぎなかったというデータもある。戦後になってからも、高度成長期前の日本女性の就労率は欧米諸国よりも高かったそうだ。
 また、家族の絆が希薄になっているというのも、単なる思い込みの面が強い。世論調査で「一番大切なもの」に家族をあげる人の割合は、近年むしろ右肩上がりで増えている。実際、日本が高度経済成長を経て豊かになる前は、両親は仕事や家事に追われ、家庭内で子供とじっくり話をする時間など、ほとんどなかった。データを見る限り、近年、家族の絆は今までにないほど密になっているというのが実情なのだ。
 広田氏によると、戦後は一貫して家庭教育には国や行政権力が立ち入ってはならないという考え方が維持されてきたが、2006年、第一次安倍政権下で改正された教育基本法の第10条2に、「国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない」との条文が加わったことで、家庭教育に政府が介入する根拠ができた。今回の家庭教育支援法の文言は、ほぼこの改正教育基本法10条の文言をそのまま踏襲している。
 しかし、そもそも前提とする現象が事実に基づかない単なる思い込みに過ぎないにもかかわらず、これまで禁じ手とされてきた家庭教育に、「支援」の名目で国や自治体が手を突っ込もうとする法律まで作る安倍政権は一体、何がしたいのだろうか。
 安倍政権の目指す教育の形とは何なのか、とは言え国が家庭教育に口出しをするとどういう影響が出るのかなどについて、広田氏とともにジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

日本の豊かな食文化を守ってきた種子法を廃止してどうする

(第836回 放送日 2017年4月15日 PART1:44分 PART2:53分)
ゲスト:西川芳昭氏(龍谷大学経済学部教授)

 われわれが食べる食料のほとんどは、必ずといっていいほど、種から作られている。そして、それぞれの国が保有する種には、その国が育んできた食の文化や歴史が凝縮されている。その意味で種は各国の食の根幹を成すものといっても過言ではないだろう。
 ところが安倍政権は、これまで日本の種子市場、とりわけ米、小麦、大豆といった主要農産物の種子市場を法的に保護してきた「主要農作物種子法」を、今国会で廃止しようというのだ。
 戦後の食糧難のさなかにあった1952年に制定された主要農作物種子法は、その後の日本の食料の安定供給に重要な役割を担ってきた法律で、米、麦、大豆などの種を都道府県が管理し、地元の農家に安定的に提供することを義務づけている。この法律に基づいて、日本では国から各都道府県にそのための予算が配分され、地域の農業試験場などがそれぞれの地域の気候や地形、嗜好にあった独自のブランド米を開発し、その種子を地元の農家に安価で供給してきた。
 それは日本に豊かな食文化をもたらし、各都道府県によって種子の管理・供給が保証されているからこそ、地域の農家は安心して穀物の生産に従事することができた。
 ところが政府は種子法が民間の種子市場への参入を妨げているとして、種子法を廃止することで民間の参入を促し、農業の効率化を促進したいとしている。
 種子は農業や食料の根幹を成すものであるからこそ、もし民間の参入によって種子市場がより活性化し、ひいては日本の農業の競争力強化につながるのであれば、そのような施策は歓迎すべきものかもしれない。しかし、こと種子に関しては、保護を撤廃して市場を民間に開放すれば効率化が図れるというのは、種子市場の実情を知らない素人の机上の空論に過ぎないとの指摘が、多くの専門家からあがっている。
 そればかりか種子法を廃止することで、これまで日本人の主食である米や麦、大豆などの種子の安定供給を行ってきた都道府県がその役割を果たせなくなり、結果的に日本の豊かな食文化が失われるばかりか、日本の主要な農作物の生産が、世界規模で事業を転換する多国籍企業の支配下に置かれることにもなりかねないとの懸念まで出ているのだ。
 そもそも種子市場は1986年の種子法改正によって、すでに民間の参入が可能になっている。それでも、これまで民間企業が主要作物の種子市場に参入してこなかったのは、それほど大きな利益が望めないからだったに過ぎないと、龍谷大学経済学部教授で種子問題に詳しい西川芳昭教授は指摘する。
 国土が南北に細長く、地形も山間地や中山間地、平野部など多岐にわたる日本では、異なる気候の下で、あきたこまちやコシヒカリといったブランド米から地域固有の希少米まで、それぞれの地域の気候や嗜好に合った米や麦が開発され、地域で消費されてきた。種子法に基づいてそれを担ってきたのが各都道府県だった。コシヒカリなどの一部の例外を除き、一つひとつのブランド米の市場は決して大きくないため、民間企業にとっては利益が望める市場ではなかったことが、種子市場への民間の参入が進まなかった本当の理由であり、種子法が民間の参入を妨げていたという政府の主張は間違っていると西川氏は言う。
 では、今、種子法の廃止を急ぐ政府の真意は、どこにあるのだろうか。
 実は種子法の廃止法案と並び、今国会では、農業改革法案と称して合計で8つの法案が審議されているが、それらはいずれも「総合的なTPP関連政策大綱」の一環として首相官邸に設置された規制改革推進会議の後押しを受け、TPPありきの改革法案として議論がスタートしたものだ。
 アメリカでトランプ大統領がTPP離脱を表明したことで、TPPそのものは宙に浮いてしまったが、なぜか日本ではTPPの成立を前提として策定された法案や施策が、今も粛々と審議され推進されているという、何とも気持ちの悪い状態が続いているのだ。
 果たして日本はこのままTPPありきの規制改革を進めてしまって、本当に大丈夫なのだろうか。いや、そもそもTPPが消滅しているにもかかわらず、誰がTPPの要求を満たすための法律整備を推し進めているのだろうか。
 「政府は時代状況が変わったので法律を変える」というが、時代の状況が具体的にどのように変わったのかについての十分な議論もないまま、改革が推進されていることに違和感を覚えると西川氏は指摘する。そればかりか、種子法を廃止して外資系企業を入ってくることで、逆に行政が日本の食料安全保障を守る責任を放棄してしまうことにつながる危険性が懸念されているのだ。
 種子法廃止によって日本はどのようなリスクを抱えることになるのか。種子法の廃止によって、そもそも政府が喧伝するようなメリットは本当にあるのか。一体、誰が何のために種子法の廃止を進めようとしているのか。
 「タネは戦略物資であり、軍艦を持っているよりタネをもっている方が強いというくらい大事なもの」と語る種子の専門家の西川氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

誰が何のために共謀罪を作ろうとしているのか

(第837回 放送日 2017年4月22日 (PART1:53分 PART2:47分)
ゲスト:清水勉氏(弁護士)

 この法律を通せなければ、東京五輪・パラリンピックを開けなくなるかもしれない。安倍首相がそうまで言い切った以上、政府は何があっても今国会で共謀罪を成立させるつもりなのだろう。
 実際、共謀罪の審議が4月19日に始まり、政府は5月中旬の成立を目指すとしている。
 しかし、ここまで欺瞞に満ちた法案も珍しい。政府はこの法案をテロ準備罪などと呼ぶことで、あり得ないほどデタラメな法律を何とか正当化することに躍起のようだが、この法律にはそもそもテロを取り締まる条文など一つとして含まれていない。
 にもかかわらずメディアの中には、この法案を政府の要望に沿う形で「テロ準備罪」(読売、産経)だの「テロ等準備罪」(NHK)と呼んで憚らないところがあることも驚きだが、この法律は断じてテロ対策法などではない。いや、そもそもこの法律が必要であると政府が主張する根拠となっている国際組織犯罪防止条約(別名パレルモ条約)は、それ自体がマフィアのマネーロンダリングなどを取り締まるためのもので、テロを念頭に置いた条約ではない。
 では、この法律は何のための法律なのか。今回は珍しくマスメディアの中にも政府の意向に逆らってこの法案を「共謀罪」と呼び続けるところが出てきているが、当たり前のことだ。これは日本の法体系に共謀罪という新たな概念を導入することで、日本の刑事司法制度に根本的な変革をもたらす危険性を秘めた法律だからだ。
 犯罪には突発的に起きるものもあるが、その多くは計画的に行われる。計画的な犯罪の場合、実際に犯行が実施される前段階で、犯罪を計画したり準備する必要がある。近代司法の要諦である罪刑法定主義の下では、基本的には実際の犯罪行為が行われるまで個人を処罰できないが、殺人罪などの重大な犯罪については、計画や準備しただけで処罰が可能なものが例外的にいくつか定められている。ただし、それは殺人のほか、航空機強取等予備罪、私戦予備罪、通貨偽造準備罪など、国家を転覆させるような極めて重大犯罪に限られている。
 共謀とは、準備、計画の更に前段階で、犯罪を犯す意思を確認する行為を指す。これまでは国家を転覆させるような重大犯罪の場合でも、訴追するためには最低でも犯行の準備や計画が行われている必要があったが、共謀罪が導入されれば、それさえも必要としなくなる。しかも、今回は懲役4年以上の犯罪が全て対象となるため、詐欺や著作権法違反、森林法違反、廃棄物処理法違反などの一般的な犯罪を含む277の犯罪がその対象となる。例えば、著作権も対象となっているため、音楽ソフトを違法にコピーしたり、著作権をクリアできていない曲を演奏するライブイベントを構想したり相談するだけで、共謀罪違反で逮捕、訴追が可能になる。
 政府は対象が組織的犯罪集団であることや、具体的な犯行の準備に入っていなければ、訴追対象にはならないと説明している。しかし、法律には何が「組織的犯罪集団」や「準備行為」に当たるのかが明示されていないため、警察にその裁量が委ねられることになり、まったく歯止めはなっていない。
 共謀罪は過去に3度国会に上程されながら、ことごとく廃案になってきた。犯罪行為がないまま個人を罰することを可能にする法律は、個人の思想信条や内面に法が介入につながるものとして、市民社会の強い抵抗に遭ってきたからだ。
 今回の法案もその危険性はまったく除去されていない。しかし、情報問題や警察の捜査活動に詳しい清水勉弁護士は、今回の共謀罪には過去の共謀罪にはなかった新たな危険性が含まれていると指摘する。それは情報技術の急激な進歩に起因するものだ。
 今や誰もがスマホなどの情報端末を利用するようになり、巷には監視カメラなど個人の行動をモニターする機器が溢れている。映像から個人を識別する顔面認識カメラも、導入が間近だと言われている。
 共謀罪が導入され、犯行の事実がなくても逮捕、訴追が可能になれば、警察の裁量で誰もが捜査対象になり得る。集積されたビッグデータを使えば、捜査対象となった個人の行動を過去に遡って詳細に収集、把握することも可能だ。それはまるで全ての国民が24時間公安警察に見張られているような状態と言っても過言ではない。
 本人がどんなに気をつけていても、例えばある個人が所属するSNSグループ内で飲酒運転などちょっとした犯罪行為が議論されていれば、共謀と認定することが可能になる。そのSNSグループに参加しているその人も、「組織的犯罪集団」の一部と強弁することが可能になり、捜査の対象となり得る。早い話が警察のさじ加減次第で誰でも捜査対象となり得るのだ。そして、一度捜査対象となれば、情報は過去に遡って無限に収集されることになる。
 これでは政府に不都合な人間の弱みを握ることなど朝飯前だ。気にくわない他人を陥れることも容易になるだろう。
 21世紀最大の利権は「情報」だと言われて久しい。多くの情報を収集する権限こそが、権力の源泉となる。共謀罪が警察の情報収集権限を無尽蔵に拡大するものであることだけは間違いない。
 とは言え、東京オリンピックを控えた今、日本もテロ対策は万全を期する必要がある。まったくテロ対策を含まない共謀罪なるデタラメな法案の審議にエネルギーを費やす暇があるのなら、過去に日本で起きたテロ事件を念頭に置いた、日本独自のテロ対策を練るべきだと清水氏は言う。日本での大量殺人事件は秋葉原無差別殺傷事件や相模原「津久井やまゆり園」殺傷事件などを見ても、いずれも単独犯で、共謀罪ではまったく取り締まることができないものばかりだ。しかも、日本の治安は今、過去に例がないほどいい状態が保たれている。ことほど左様に、今回の共謀罪はまったく意味不明なのだ。
 テロ対策には全く役に立たない共謀罪を、誰が何のために作ろうとしているのか。政治はその刃が自分たちに向けられていることを認識できているのか。清水氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

ビッグデータに支配されないために

(第838回 放送日2017年4月29日 PART1:1時間 PART2:45分)
ゲスト:宮下紘氏(中央大学総合政策学部准教授)

 どうやらわれわれが望むと望まざるとにかかわらず、今やわれわれの個人情報は丸裸にされているらしい。
 アメリカの情報機関職員だったエドワード・スノーデンが、アメリカ政府が外国人のみならずアメリカ国民をも広範に監視対象に置いていたことを内部告発して世界に衝撃を与えたことは記憶に新しいが、今やそれは政府に限った話ではなくなりつつある。いやむしろ、民間のネット事業者などが政府に一般市民の個人情報を提供していたところに根本的な問題があると言った方が、より正確なのかもしれない。
 昨年の大統領選挙で大方の予想に反してドナルド・トランプが大本命のヒラリー・クリントンを破ったが、その大番狂わせの背後にはケンブリッジ・アナリティカというコンサルティング企業のビッグデータ分析の力があったと言われている。同じく昨年の英国のEU離脱の国民投票でも、ブレグジット派(EU離脱派)が同社のデータ分析を活用していたことが明らかになっている。宣伝文句を額面通りに受け止めるべきではないだろうが、同社によるとSNSなどから集めたビッグデータを彼らが独自に開発したアルゴリズムにかければ、どこにどのような情報をどのくらいの量撒けばどれだけの票を動かせるかが、かなりの精度で見通せるのだそうだ。
 民主主義の根幹を成す投票行動でさえビッグデータに支配されているのであれば、われわれの消費活動に影響を及ぼすことなど朝飯前であろうことは想像に難くない。プライバシーや個人情報と言えば個人を特定できる氏名や住所、誕生日などが真っ先に思い浮かぶが、どうやらビッグデータ時代のプライバシーはわれわれの想像を超えるほど広範な個人情報が含まれていると考えておいた方がよさそうだ。
 奇しくも来たる5月30日、日本では改正個人情報保護法が施行される。元々、現行の個人情報保護法は2003年に制定されたもので、ソーシャルメディアやビッグデータなどの存在を前提としていないものだった。そのため、スマホなどの通信端末はもとより、家電までがインターネットにつながるようになった今日の状況にはまったく対応できていないとの指摘が根強かった。
 今回の改正で個人情報の保護が、インターネット時代により適合したものにアップデートされることは歓迎すべきこと。しかし、どうやら時代は更にその先を行っているらしい。
 ビッグデータやプライバシー問題に詳しい中央大学総合政策学部の宮下紘准教授は、ビッグデータ時代の個人情報保護で最も問題となるのが、方々から集めた膨大なデータから個々人の自画像を勝手に作り出すプロファイリングと呼ばれる作業だと指摘する。本来われわれのインターネットの閲覧履歴や商品の購入履歴、クレジットカートやポイントカードを利用した消費履歴などのデータは、いずれも本人の同意がなければ転売や利用ができないことになっている。しかし、実はわれわれの多くがネットサービスやカードなどを利用する際、プライバシー・アグリーメントというものに同意している場合が多い。会員サイトへの登録を申し込む際に、長々とした文言が画面に表示され、最後に「同意する」にチェックをつけるあれだ。しかし、あれに同意した瞬間にわれわれは、自分たちに関する情報の転用や転売に同意してしまっている場合が多い。
 実際、プライバシーアグリーメントをすべて読む人はほとんどいないだろうが、事業者側からすればそこで「オプトアウト」と呼ばれる「離脱する権利」を提供してあり、われわれがそれを放棄した形になっている場合が多い。
 EUとアメリカではそれぞれ異なる立場から、ビッグデータ時代の個人情報の保護の在り方が整備されていると宮下氏は言う。ここで言う個人情報とは、単に氏名や生年月日だけではなく、今や収集が容易になったウェブサイトの閲覧履歴や消費履歴、SNSで「いいね」をクリックした投稿内容など広範にわたるものだが、プライバシーの保護に重点を置くEUでは個人情報の利用を認める明確な意思表示がない限り、事業者による個人情報の利用を禁ずる「オプトイン」方式が採用され、表現の自由やビジネス利用を推進する傾向がより強いアメリカでは、個人があえてノーの意思表示をしない限り情報の商業利用を可能とする「オプトアウト」方式が採用されているという。
 ところが「プライバシー」についての明確な定義が確立されていない日本では、事業者の自主規制・自主管理に委ねられているのが実情だ。
 広範な個人情報が容易に転用されてしまえば、例えば投票行動も消費行動も、われわれは自分で考えて自分で選択をしているつもりでも、実は自分自身に関する膨大な個人情報を蓄積している事業者の思いのままに操られてしまっている可能性が出てくる。アマゾンがいつも自分が欲しかったものをドンピシャで提案してくれると感じる人は、実は自分の過去の購入履歴や閲覧履歴のみならず、SNSの「いいね」履歴や「シェア」履歴、ウェブサイトの閲覧履歴やラインの投稿やメールに頻繁に登場する単語までモニターされ、ビッグデータとして蓄積されていると考えれば、納得がいく人も多いのではないか。
 この問いかけは、そもそも選択とは何なのか、自由意志とは何なのかにも関わってくる重大な問題を孕んでいる。われわれはここらで一度立ち止まって考えないと、取返しのつかない局面を迎えているようにも思える。いや、今、自分がそう考えているのも、何かによってそう仕向けられた結果なのだろうか。ビッグデータに心の中まで支配されないために今、われわれに何ができるかを、気鋭の政治学者宮下紘氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

理想の日本人像を追い求めて

( 第839回 放送日2017年5月6日 PART1:56分 PART2:55分)
ゲスト:辻田真佐憲氏(文筆家・近現代史研究者)

 5月3日の憲法記念日に安倍首相が2020年までの憲法改正の意向を明確に示したことで、今後、戦後初めて憲法改正が具体的な政治日程に上る可能性が出てきた。
 かねてより安倍首相は改憲論者として知られるが、その一方で何のためにどう憲法を変えたいのかについての発言は二転三転しており、やや改憲そのものが目的化しているようにも見える。
 憲法を不磨の大典よろしくアンタッチャブルな存在として祭り上げる必要はないが、とは言え国の根幹を成す最高法規を個人的な趣味で変えられても困る。首相を筆頭に、政府には憲法遵守義務がある以上、やむにやまれぬ事情がない限り軽々に憲法に手を付けるべきではないだろう。
 そこで問題になるのが、憲法のどの条文をどのように変えるのかもさることながら、そもそも何のために憲法を変えなければならないかという問いだ。つまり、「本来日本はこうあるべきだが、現行憲法ではそれができない。だから憲法を変える必要があるのだ」という、説得力のある主張が求められる。
 それはひいては、われわれ国民一人ひとりが、日本はどういう国であるべきだと考えているかに帰結する。われわれが理想とする日本を実現する上でどうしても憲法を変える必要があるのかどうか、という問いだ。
 奇しくも明治維新以来、同じような議論の対象となってきた省庁がある。それが文部省(現在の文科省)だ。
 文筆家で近現代史研究家の辻田真佐憲氏は、文部省にはその時々の統治権力が思い描く「理想の日本人像」が常に投影されてきたと語る。時の権力が、教育を通じてどのような日本人を育てたいと考えるかによって、文部省の役割は目まぐるしく変化してきたのだという。と同時に文部省には、その時代時代に日本が国家として直面する課題が常にのしかかっていた。
 明治維新直後の日本は、何よりも欧米列強に侵略されないことが喫緊の国家課題だったため、当初は欧米に太刀打ちするために、「自由で独立した個人」のような欧米の啓蒙主義的な日本人像が追求された。しかし、そのような悠長なことをやっていては列強の圧力を跳ね退けることはできないとの意見が主流になり、文部行政は一転、国家主義的な方向へと変質する。そうした中で1890年に教育勅語が発布される。
 その後、日本の文部行政は日清・日露戦争の勝利で「大国に相応しい勤勉な産業社会の構成員」が求められたかと思えば、昭和期に入ると国体主義の下での「天皇に無条件で奉仕する臣民」が、そして戦後の民主主義体制の下では「個人の尊厳を重んじ平和を希求する人間」が、高度成長期には「勤労の徳を身につけた自主独立の社会人」などが理想の日本人像として掲げられ、その時々の教育行政に反映されていった。いずれもその時代の国家的な課題と、時の統治権力が志向する国家像を調和させたものになっていたと言えるだろう。
 安倍首相は第一次政権時に教育再生会議を設置した上で、1947年以来、戦後の教育行政の基本的指針として機能してきた教育基本法を60年ぶりに改正するなど、教育行政には熱心に介入してきた。2006年に施行された現在の教育基本法は「真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間」の育成を目指すなどとしているが、これがどういう時代認識に基づき、どのような日本人像を理想としたものなのかがいま一つ見えてこないところが気になる。
 今、日本がどのような課題に直面し、その下でどのような国を志すのか、そしてそれを実現するためにどのような日本人像が求められているかなどの国民的な議論がないままに憲法や教育制度をいじることは、国家百年の大計に大きな禍根を残すことになりかねない。
 新進気鋭の近現代史研究者で、軍歌やプロバガンダにも詳しい辻田氏と、今日の日本が直面する課題とその下で求められる理想の日本人像について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

フランス大統領選で見えてきた民主政の本当の危機

(第840回 放送日 2017年5月13日 PART1:1時間2分 PART2:1時間)
ゲスト:吉田徹氏(北海道大学法学研究科教授)

 結論としては、民主政の危機は続いているということになろうか。
 5月7日に決選投票が行われたフランス大統領は、EU残留を主張するエマニュエル・マクロンが移民排斥やEU離脱など急進的な政策を訴える国民戦線のマリーヌ・ルペンをダブルスコアの大差で破り、39歳にしてフランス史上最も若い大統領に選ばれた。昨年のブレグジット、米大統領選と「サプライズ」な結果が続いていただけに世界が注目した選挙だったが、中道マクロンの勝利で反グローバリズム・ドミノは、とりあえず一息ついた形となった。
 しかし、現実はとても楽観視できる状態ではないと、フランス政治に詳しい政治学者の吉田徹・北海道大学教授は言う。そもそも第一回投票で1位のマクロンの得票が24.01%だったのに対し、2位のルペンは21.3%の票を得ている。決選投票では「ルペンの当選を阻止する」という共通目的のために他の候補の支持票の大半がマクロンに流れた結果、形の上ではマクロンの圧勝となったが、マクロン票の相当部分は必ずしもマクロンの政策を支持しているわけではない同床異夢な消極支持票と考えていい。しかも、ドゴール以来、第五共和政の下でフランスの政治を担ってきた共和派と社会党の候補者がともに決選投票に進むこともできなかった。伝統あるフランスの民主政が大きな曲がり角を迎えていることは間違いない。
 また、来月の11、18日の両日、フランスでは日本の国会にあたる国民議会の選挙が行われる(フランスは大統領選も議会選挙も2回投票制。1度目の投票の1、2位による決選投票が行われる)。既成政党の支持基盤を持たないマクロンも政治団体「前進!」を組織し独自候補の擁立を急ぐなど、議会選挙の準備を進めているが、如何せん急ごしらえの感は否めない。一方、「極右」と言われながらも父親の代から地道に不満層を吸収し、政治的地盤を固めてきた国民戦線は、経済的に取り残されているフランスの東部を中心に577議席中100~150議席を得る勢いだと吉田氏は言う。
 ルペンの急進的な移民排斥やEU離脱を含む反グローバリズムの主張が、アメリカのトランプ現象と同様に、グローバル化によって生活苦に陥っているフランスの没落中間層や失業者から強い支持を受けていることに、もはや疑いの余地はない。一方、マクロンはEUに残留しグローバル化を進めつつ、減税と小さな政府など新自由主義的な政策で経済の停滞を乗り越えようというスタンスだが、そもそも議会で多数派を形成できるかどうかが不透明な上、多分に現状維持の要素が強い政策にどこまで国民がついてくるかも予断を許さない状況だ。
 ファシズムの恐怖を身をもって経験してきたフランスは、アメリカのように過激な主張をする政治家が容易に権力を握れないような仕組みになっていると吉田氏は言う。今回ルペンを阻止する上で機能した2回投票制もその一つだ。しかし、その分、アメリカは大統領が簡単には暴走できないような様々なセーフティネットが用意されているのに対し、フランスはいざそうした勢力が権力を手中に収めると、それを容易には制御できない恐れがあると吉田氏は警鐘を鳴らす。
 今回の大統領選挙ではフランスの有権者は既存の二大政党を見放し、そのどちらにも属さないマクロンを選んだ。しかし、今回マクロンがダメなら、次はルペンに期待するしかないという気運が出てくることが、今後十分考えられると吉田氏は言う。フランスでも、そして他の国々でも、「反グローバリズム」という名のポピュリズムに裏打ちされたナショナリズムの高揚と民主政の行き詰まりは、もはや覆うことができないほど顕著になっている。そして、このトレンドがどこまで続き、最終的にどこに行き着くかは、誰にも予想がつかない。
 昨年のアメリカ大統領選挙と此度のフランス大統領選挙では、何が異なり、何が共通していたのか、今後、フランスを含め、民主政はどのように変化していくのか。他の先進国の政治が流動化する中で、なぜ日本だけが自民党一党による無風状況が続いているのかなどを、吉田氏とジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 

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