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Vol 80(801~810回収録)

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ニュートリノの謎が解明されれば本当に宇宙の起源がわかるのですか

(第801回 放送日 2016年08月13日 PART1:51分 PART2:49分)
ゲスト:多田将氏(高エネルギー加速器研究機構准教授)

 物質の最小単位となる素粒子の謎が解ければ、宇宙の起源がわかる。そう言われて、一体どれだけの人がピンとくるだろうか。
 物質をとことん細かく砕き、これ以上ないところまで小さくした時にできる素粒子のニュートリノが、宇宙誕生の鍵を握っている。そして、そう信ずる最先端の物理学者たちが、世界中でニュートリノ研究に鎬を削っている。
 茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構などの国際研究チームが、8月6日、「ニュートリノ」の「粒子」と「反粒子」の変化に違いがある「CP対称性の破れ」の兆候を初めて捉えたと、米・シカゴで開かれていた国際学会で発表した。まだ、「兆候を捉えた」段階に過ぎないが、これが確認されれば、宇宙の起源の解明にもつながる人類史に残る大発見になるのだという。無論、ノーベル賞候補だ。
 われわれの目の前で人類史に残るほどの大発見が現在進行形で起きているかもしれないのに、そのすごさが理解できないのはちょっと悔しいし勿体なくもある。そこで今週のマル激では、正に今回の実験を行った高エネルギー加速器研究機構の准教授で「金髪の素粒子物理学者」の多田将氏に、典型的文系脳の神保哲生と宮台真司が「今さら聞けないニュートリノと宇宙の起源の関係」を聞いた。
 そもそもニュートリノというのは中性を意味するneutralとイタリア語で小さな粒子を意味するinoを組み合わせた言葉。物質は小さく刻んでいくと分子→原子となり、原子は原子核と電子から成ることは、かつてわれわれも高校の物理の授業で習った覚えがある。更にその原子核は陽子と中性子から成り、陽子と中性子はいずれもクォークと呼ばれる粒子からできている。現在の人類の英知と技術ではクォークが最も小さい物質の単位となっているため、これを素粒子と呼んでいる。ちなみにクォークのサイズは10の-18乗メートル程度だとされる。
 クォークには電荷の違いなどから6種類のクォークがあり、それぞれに名前がついている。また、素粒子にはクォークの他にレプトンと呼ばれる種類の素粒子が6種類あり、両者を合わせた12種類の物質が現時点で人類が解明できている物質の最小単位「素粒子」となる。この世に存在する全ての物質という物質が、この12種類の素粒子のいずれかからできているということだ。
 ところが、素粒子にはもう一組、この12種類の素粒子と全く対の関係にある「反粒子」あるいは「反物質」と呼ばれる一群が存在する。これは12種類の素粒子の全く正反対の性格を持つ素粒子で、ちょうど実物とそれが鏡に映った姿の関係にある。そして、対になる素粒子同士が合わさると両者は消滅する。
 この「反粒子」とか「反物質」と呼ばれるものが、素人にはなかなか曲者だ。しかし、宇宙の起源を考える時、この概念は不可欠となる。物理学的には、何もないところから何かができるとは考えられない。今、宇宙に様々な物質がある以上、それがどこから来たかを考える上で、反粒子の存在は無くてはならない。物理学では宇宙には最初に「物質」と「反物質」がほぼ同数存在していたが、何らかの理由で物質の量が反物質を上回る「対称性の破れ」が生じたために、物質が残り、それが現在に至っていると考える。
 そしてこの「物質」と「反物質」の「対称性の破れ」の兆しをとらえたのが、今回ニュースになった実験の成果だった。
 今回の実験では東海村にあるJ-PARC(大強度陽子加速器施設)から295キロ離れた岐阜県神岡町にあるスーパーカミオカンデに向かってニュートリノの「粒子」と「反粒子」を発射したところ、両者の変化に違いがあることが確認できたのだという。本来全く正反対でなければならないはずの粒子と反粒子が、異なる変化を見せたことで、「対称性の破れ」の兆しが見えたのだという。
 実際にこの実験に携わったゲストの 多田将氏は、今回の実験によってCP対称性の破れが90%程度証明されたと考えていいのではないかと言う。しかし、物理学的にこれが「確認された」と言えるようになるためには、99.9999%の精度の証明が必要になる。今回の実験はあくまでその第一歩を位置付けるべきものだという。
 今後、世界中でこの仮説を確認する実験が実施され、これが確認された時、人類は宇宙の起源の解明に手が届くことになるのだという。多田氏は2020年代の中頃には、それが証明される可能性があると言う。
 20世紀に目覚ましい発展を遂げた物理学は、今なおその発展を遂げている。特に実験装置が発達したことで、かつては仮説でしかなかった数々の学説が、実験によって裏付けられるようになってきている。しかし、物質を素粒子の次元まで解き明かし、更に宇宙の起源にまで迫ろうかというところまで来ている物理学は、その先に何を見ているのか。今日の最先端の物理学もそう遠くない将来、いたって原始的で牧歌的なレベルに過ぎないものだったと言われる時が来るのだろうか。
 盛夏の折、最先端の素粒子物理学が明らかにするこの世で最も小さな話と、宇宙の起源というこの世で最も大きな話、そして両者の関係について考えた。

五輪で盛り上がる今こそドーピング問題に目を向けよう

(第802回 放送日 2016年08月20日 PART1:49分 PART2:49分)
ゲスト:高橋正人氏(医師・十文字学園女子大学教授)

 柔道、体操、卓球、バドミントン、レスリング、そして陸上等々。リオ五輪での日本選手団の大活躍ぶりには目を見張るものがある。しかし、五輪への国民的関心が高まっている今こそ、スポーツを底辺から蝕むドーピングの問題と向き合い、これを根絶する手だてを真剣に考えるべき時だ。その意味で、日本人選手の活躍ぶりが大きく報じられる中で、ドーピング問題をめぐる報道が極端に少ないことが気になる。
 リオ五輪は大会前にロシアによる国ぐるみのドーピングの実態が露わになり、ロシア人選手の大半が五輪への参加資格を失うなど、ドーピング問題が暗い影を落とす中で開催された大会だった。逆の見方をすれば、リオはドーピングに対する世界の疑念や疑惑を一掃し、スポーツが本来のフェアな精神と信頼を取り戻す絶好の機会となるべき大会でもあった。
 しかし、実際にはここまで報道されているだけでも、既に8人の選手がドーピング検査で陽性反応を示し、失格になっている。その中にはカヌーの銅メダリスト(モルドバ)や重量挙げの銅メダリスト(キルギスタン)も含まれていて、いずれもメダルを剥奪されている。また競泳女子100メートルバタフライで4位だった中国の陳欣怡がドーピング違反で失格となったことで、同種目6位だった池江璃花子が5位に繰り上がるなど、日本人選手にも影響が出ている。
 加えて、今回の五輪に参加している選手の中には、過去にドーピング検査にひっかかり、出場停止などの処分を受けたことのある選手が大勢含まれている。今大会で男子競泳400メートル自由形で金メダルを獲得したマット・ホートン(オーストラリア)が、過去にドーピング歴がある中国の孫楊について「薬物使用の詐欺師」と批判したことが大きく報じられると、史上最多となる22個の金メダルを獲得したマイケル・フェルプス(アメリカ)がホートンへの支持を表明するなど、白熱した競技の陰でトップレベルの選手間にもドーピングを巡る軋轢が生じていた。
 フェルプスは「スポーツはクリーンであるべきだし、公平な舞台で行われるべき。ドーピング検査で二度も陽性を示した選手が、まだ五輪に出場できているということは非常に悲しいことだ。誰か何とかしてくれることを願っている」などと話している。他にも、多くの選手たちが、ドーピング歴のある選手と同じ土俵で競争することへの違和感や嫌悪感を表明するなど、リオ五輪ではあらゆる局面でドーピングが大きな争点となっていると言っていいだろう。
 実際、ドーピングの歴史は古く、19世紀の競泳大会などで興奮剤が使われていたことが知られている。しかし、近年まではドーピングと言えばカフェインやアンフェタミンなどの興奮剤や覚醒剤が主に使われていた程度だった。
 しかし、1950年代頃から本格的なドーピングの時代を迎える。単なる興奮剤だけではなく、筋肉や骨を強化する男性ホルモン製剤のテストステロンやタンパク同化ステロイドなどが使われ始めたのはこの頃からだった。男性と見紛うばかりにまで大きく発達した身体で女子水泳界を席捲した東ドイツが、国家ぐるみでドーピングを行っていたことはよく知られている。また、1988年のソウル五輪の陸上男子100メートル決勝で、別人のように筋骨隆々な身体に変身したベン・ジョンソン(カナダ)が、当時無敵を誇ったカール・ルイスを大差で破る大番狂わせを演じた後、筋肉増強剤のスタノゾロールを使用していたことが発覚し、メダルを剥奪されたことは記憶に新しい。
 その後、ドーピングの技術は更に進化を遂げ、ヒト成長ホルモンやB2刺激薬、抗エストロゲン作用剤、遺伝子組み替えエリスロポエチンなどが登場する。同時に、ドーピングが五輪競技のみならず、自転車や野球、サッカー、テニスにまで蔓延していった。新たなドーピング技術が登場すると、少し遅れてそれを検出する技術が開発され、逃げ遅れたアスリートが摘発される、まさにイタチごっこの連続だった。
 そして、今や時代は、予め保存しておいた自分の血液を競技の直前に再輸血する血液ドーピングや選手自身の遺伝子を組み換える遺伝子ドーピングへとシフトしつつあるという。これは、従来の検査方法では検出が困難なことから、選手の血液や尿のデータを継続的にモニターし、異常な変化があった時にそれを検知する「生体パスポート」制度の導入などが計画されているという。まだしばらくの間は、ドーピングを巡るイタチごっこは続きそうだ。
 ドーピングが重大な問題なのは、それが選手自身に深刻な副作用や健康被害を与える可能性があるのと同時に、スポーツが体現しているフェアネスや鍛錬といったスポーツの本質的な価値を根本から棄損してしまう可能性があるからだ。フェルプスの言葉を借りるまでもなく、すごい記録が出るたびに「ドーピングではないのか」などと疑いの目を向けられるようでは、厳しい練習を積み重ねてきた選手たちは堪らない。
 また、金メダルを取ることや世界記録を出すことから得られる経済的な報酬があまりにも莫大になっているため、そのリスクを十分承知していてもドーピングに手を出してしまう選手が後を絶たないという、スポーツの行き過ぎた商業主義の問題もある。
 泣いても笑っても4年後には東京五輪がやってくる。われわれはスポーツの価値の根幹を揺るがしていると言っても過言ではないドーピング問題に、どう向き合おうとしているのか。ドーピングを根絶することができるのか。ドーピング問題に詳しい医師の高橋正人氏とドーピングの現状とこれからを議論した。

子宮頸がんワクチン提訴に見る薬害の連鎖が止まらないわけ

(第803回 放送日 2016年08月27日 PART1:47分 PART2:43分)
ゲスト:花井十伍氏(全国薬害被害者団体連絡協議会代表世話人)

 薬害の連鎖が止まらない。スモン、サリドマイド、薬害エイズ、薬害肝炎・・・。そしてこのたび、子宮頸がんワクチンが、新たに薬害裁判の歴史に加わることとなった。
 2016年7月27日、子宮頸がんワクチンの接種を受けた15歳から22歳の63人の女性たちが、国と製薬会社を相手に訴訟を提起した。 問題となっている子宮頸がんワクチンは正式にはHPV(ヒトパピロマウィルス)ワクチンと呼ばれるもので、これまで10代の女性を中心に340万人がワクチンの接種を受けている。
 子宮頸がんは、厚生労働省のホームページによると、今、若い女性の間で増えていて、一年間で新たに約1万人が発症し、毎年約3000人が亡くなっているという。性交渉によって感染し、すでに感染している人には効果がないとされるため、性交渉を経験する前の10代の少女たちへの接種が、2010年頃から、公費の助成などによって積極的に実施されてきた。
 ところが、ワクチンの接種を受けた少女たちの中から、副反応と思われる症状を訴える人が出始めた。多くが手足や身体に痛みを訴え、失神、歩行障害、記憶障害などで学校に行けなくなったり、車椅子での生活を強いられるようになった。進学を断念した人たちも多い。
 ワクチンと副反応の因果関係については、正確なことはわかっていないことから、これが「薬害」だと決まったわけではない。しかし、自身が薬害エイズの被害者で、現在、薬害被害者団体の代表を務める花井十伍氏は、HPVワクチンをめぐるここまでの経緯は、日本が過去に経験してきたさまざまな薬害の構造と酷似している点を強調する。被害者が薬害を訴え出ても、科学的に証明されていないという理由から国にも製薬会社にも相手にされず、やむなく訴訟となり、随分と時間が経ってから、ようやく被害者たちが救済されるという、一連の薬害の構造のことだ。
 8月24日に行われた薬害根絶デーでは、厚生労働省の正面玄関脇にある「薬害根絶 誓いの碑」の前で、花井氏から塩崎厚生労働大臣に、薬害根絶についての要望書が手渡されたが、その中には今月、新たに薬被連(全国薬害被害者団体連絡協議会)に加わったHPVワクチン薬害訴訟全国原告団の名前も含まれていた。
 当初、薬被連はHPVワクチンの副反応被害の実態把握や被害者救済を政府に対して訴えることで、裁判に訴えることなく問題が解決されることを望んでいた。 薬害の被害者としての役割を担うことの重荷を自ら厭というほど経験してきた、花井氏を始めとする薬害の被害者たちには、10代の少女たちを裁判の当事者にはしたくないとの強い思いがあったからだと、花井氏は言う。
 副反応の被害が伝えられるなか、HPVワクチンの定期接種は2013年6月、「積極的接種勧奨」が一時的に中止になった。しかし、原因の究明も、被害者たちの救済も一向に進まなかった。医療機関からは副反応のはずがないと言われたり、「詐病」と言われてバッシングを受け、治療の対象として扱ってもらえない場合も多いことから、この度、裁判に踏み切らざるを得ないと判断するに至ったという。
 しかし、HPVワクチン被害は過去の薬害と酷似している面が多い一方で、その多くと異なる点がある。それは薬害の対象が、病気を直すためのいわゆる「薬」ではなく、病気を防ぐための「ワクチン」だったことだ。
 薬には、常に副作用のリスクが伴う。その薬に「有用性」があるかどうかは、薬の「有効性」と副作用の「危険性」のバランスで考えるべきものだ。既にある疾病を治療するためであれば、副作用もある程度は受け入れなければならない場合もあるだろう。
 しかし、予防接種は健康な人に接種するものであり、元々は伝染病などの蔓延を防ぐという社会防衛的な目的のために行われる。接種を受けさせることに社会としての有用性があることを前提に、稀に起こる副反応被害は社会で救済するというのが、予防接種の原則だった。しかし、HPVワクチンは個人防衛的な意味合いが強く、そもそも定期接種する必要があったのかについては疑問がある。
 HPVワクチンはグラクソ・スミスクラインとMSDの2社が製造販売する。いずれも世界的な製薬会社、いわゆるビッグファーマだ。このワクチンは今も全世界で使われており、WHO(世界保健機構)も使用を勧めている。副反応と言われる症状には、科学的根拠がないと指摘する医療関係者もいる。確かにまだ、究明されていない点は多い。しかし、副反応を訴え、実際に苦しむ少女たちが大勢いることもまちがいない。既に罹患した病気を治すための薬ではなく、将来、発症するかもしれない病気を予防するために行われる予防接種こそ、「危険性」が証明される前に「予防原則」が適用されるべきではないかと、花井氏は訴える。
 日本ではなぜ薬害が繰り返されてきたのか。その歴史の中で、今回のHPVワクチン問題は、どのような位置づけになるのか。薬害根絶のために何を考えなくてはならないのか。子宮頸がんワクチンの副反応被害に対する訴訟が起こされた今、薬害エイズの当事者で薬害の歴史や薬事行政に詳しいゲストの花井十伍氏とともに、ジャーナリストの迫田朋子と社会学者の宮台真司が議論した。

間違いだらけの2020年東京五輪

(第804回 放送日 2016年09月03日 PART1:59分 PART2:52分)
ゲスト:小川勝氏(スポーツライター)

 リオ五輪が終わり、いよいよ4年後、東京にオリンピックがやってくる。
 52年前の東京五輪で日本は、先の大戦からの復興と国際社会への復帰を世界に印象づけた。2020年の五輪で日本はどのようなメッセージを発するつもりなのだろうか。
 実は安倍政権にとって2020年東京五輪の位置づけは明確に示されている。それが昨年11月に政府が閣議決定した「2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会の準備及び運営に関する施策の推進を図るための基本方針」(以下基本方針)だ。
 この文書には2020年東京五輪で政府が何を目指しているかが明確に書かれているのだが、五輪取材経験が豊富なスポーツライターの小川勝氏は、どうも政府は五輪をホストすることの意味を根本からはき違えているようだと指摘する。なぜならば、政府の基本方針には「海外に日本の力を見せる」「過去最高の金メダル数獲得を目指す」などホスト国の日本が享受すべきメリットばかりが強調されており、それは五輪の本義、つまりオリンピア精神の推進とはかけ離れたものになっているからだ。
 オリンピック憲章はその冒頭で精神と肉体のバランス、平和主義、差別の撤廃などを謳っている。それがオリンピズムとは何かを明文化したものだ。そうした考え方に賛同を示し、それを更に発展させることに一役買う覚悟のある都市だけが、五輪のホスト国になる資格を有する。
 確かに開催地として多額の経済的負担を引き受ける以上、何らかのリターンを期待したくなる気持ちもわからなくはない。しかし、小川氏は自らのメリットのために五輪をホストする国にはホスト国になる資格がないと一蹴する。
 小川氏によると、五輪の目的は以下の4つの「ない」によってあらわすことができるという。それは1) 開催国のためのものではない、2) 国同士の争いではない、3) 経済効果を求めてはならない、4)勝つことが目的ではない、の4つだ。
 五輪のホスト国は自らの利益は度外視した上で、オリンピック憲章に則ったオリンピズムの精神への支持を明確にし、持ち出しになることを前提に五輪を開催する。それがホスト国の務めだと小川氏は言う。
 これから4年間、政府が閣議決定に沿って五輪の準備を進めた場合、もしかすると日本は、これから公共事業によって建築される近代的な設備や都市インフラによって世界にその経済力や技術力の先進性を印象づけることができるかもしれない。そして、今後、メダルが期待できる選手や競技に大量の強化費をつぎ込むことによって、リオを上回るメダルを獲得し、世界から祝福されるかもしれない。それこそが政府が閣議決定した目標に他ならない。
 しかし、本当にそれでいいのだろうか。それが今我々が世界に発信したい「日本」なのだろうか。また、そもそも今の日本にそのような経済力が本当に残っているのだろうか。
 小川氏は日本が東京五輪で、過度な商業主義が横行する昨今の五輪にあって、いたずらにその規模を膨らませないことで費用をかけず、結果的に企業に大きく依存しない五輪を開催することができれば、それが東京大会以降の五輪のモデルケースになり、世界から称賛を浴びることになるだろうと指摘する。そして、日本にはそれを実現するだけの力があるはずだと小川氏は言う。
 メダル競争についても、五輪でメダルを取れるようなエリートアスリートの育成自体は否定しないが、その国におけるスポーツの発展の度合いはメダル獲得数によって測られるべきものではない。スポーツ大国とメダル大国は違う。どんなに多くのメダルを取ったとしても、国内でそのスポーツが普及し、国内リーグが整備され、競技人口が増え、そのスポーツを愛する人が増えていかなければ、結局は政府に後押しされたメダル大国止まりだ。
 確かに五輪は政治利用され続けてきた。また、ここまで膨れ上がった五輪が、スポンサーからの巨額のサポートや放送局からの放映権料無しには成り立たなくなっているのも事実だろう。しかし、そうした中にあってもオリンピックの精神はまだ生きていると小川氏は言う。
 例えば、五輪の会場には一切スポンサーのロゴは出せない。五輪では選手のユニフォームにも広告は載せられない。五輪のトップスポンサーが、ロゴを出すこともできない五輪に100億円もの大金を支払う理由は、そこに名を連ねることに他の手段では代えがたい特別な価値があると考えているからに他ならない。
 オリンピズムの精神は簒奪され捻じ曲げられ続けてきたが、その物語はまだ生きているのだ。2020年の東京大会はそれを生かす大会となるのか、それを殺す大会となるのかが問われている。
 リオ五輪が終わり日本が2020年の東京大会に向けて動き始める今、五輪ホスト国に相応しい基本的な姿勢と考え方とは何かを訴える小川氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

第三者「御用」委員会が後を絶たないのはなぜか

(第805回 放送日 2016年09月10日 PART1:1時間4分 PART2:49分)
ゲスト:久保利英明氏(弁護士・第三者委員会報告書格付け委員会委員長)

 どうもわれわれ日本人は、自らの失敗を顧みることがとても苦手なようだ。
 最近、第三者委員会という言葉をよく聞く。独立調査委員会や外部委員会などと呼ばれることもあるが、企業や組織に不祥事が起きた時、組織から独立した委員たちが事実関係を検証した上で、その責任の所在や原因を究明したり改善策を提言する委員会のことだ。
 ところがこの第三者委員会が、ほとんど機能していない。機能していないばかりか、第三者委員会の大半は御用委員会と化し、大甘の調査報告書を出してお茶を濁す程度で終わっている。その結果、企業では更なる信頼の失墜につながったり、公職者の場合、辞任に追い込まれたりするなど、かえって状況が悪くなるケースが続出しているが、それでも御用委員会は後を絶たない。
 企業では東芝の不正会計の調査委員会が、その代表例だ。朝日新聞の従軍慰安婦報道の調査委員会のように、あれこれ辛口なことは言いながら、結果的に何ら有効な提言をできず、企業の信頼回復に寄与できなかった委員会も多い。個人レベルでは不適切な公金の流用が疑われた舛添要一元都知事も、元特捜検事が行った大甘な調査の結果、辞任に追い込まれている。
 直近では東京五輪招致をめぐる不正な支出疑惑を調査したJOCの調査委員会が、ほとんどろくな調査もせずに「問題なし」の結論を出したことで、かえって疑惑が深まる結果を生んでいる。
 それでも、御用委員会は一向に後を絶たない。
 思い起こせば、日本は先の大戦すら総括できていないと指摘されて久しい。勝者が敗者を裁いただけの東京裁判では真相の究明などおぼつかないし、それを批判する声もよく聞くが、では独自に自らの歴史を検証し、失敗の原因や責任の所在を具体的に指摘したという話は、ほとんど聞こえてこない。小泉政権によるイラク戦争支持にしても然り、福島原発事故についても然りだ。
 福島原発事故では政府、国会、民間の3つの異なる調査委員会が組織され、それぞれ独自の調査を行っているが、未だに事故の原因が、もっぱら津波だったのか、地震もその一因だったのかといった基本的な疑問にさえ決着が付いていない。責任の所在も曖昧なため、あれだけの大事故を起こしておきながら、5年後にはほとんど事故前の状態に戻っているという有り様だ。
 企業の第三者委員会の報告書を評価する「格付け委員会」を主宰する弁護士の久保利英明氏は、第三者委員会の多くが御用委員会と化す理由について、日本では第三者委員会の委員に選ばれた弁護士や有識者たちが、調査の依頼主の方を向いているところに原因があると指摘する。第三者委員会を設置する本来の目的は、当事者だけでは厳しい調査や検証ができないため、外部から委員を招いている。ところが、いざ調査が始まると、第三者委員会もが内集団の一部になってしまうというのだ。
 ところが企業のステークホルダー(利害当事者)は経営陣や社員だけではない。顧客は言うに及ばず、株主、市場、地球環境、地域社会、消費者など、企業の影響は社会全体に及ぶ。第三者委員会がそのステークホルダー全体に対して説明責任を負っているという認識が、日本ではまだ希薄だと久保利氏は指摘する。
 特にその発想が社長にないところが、日本企業の弱点であり遅れているところだと、久保利氏は言う。
 しかし、その発想が欠けているのは企業ばかりではない。本来はステークホルダーのはずの社会の側も、必ずしもそこまで厳しい調査や検証を求めていないところがある。実際、第三者委員会によるいい加減な調査だけでお茶を濁したまま、経営陣が役職にとどまっている企業や、公職にとどまっている政治家は多い。社会の側にそれを容認する余地があるからこそ、御用委員会が後を絶たないのだ。
 しかし、こんなことを続けていると、社会が持たない。企業は市場から見放され、政治不信は高まるばかりだ。日本や所属組織という内集団の掟だけに縛られ、それを守っている限り、後は全てなあなあで済まされた時代は、とうの昔に終わっている。
 なぜわれわれは自らを顧みることが、こうまで苦手なのか。その最も身近な例であり、その試金石ともなる第三者委員会を機能させるために今、われわれは何をしなければならないのか。第三者委員会を機能させることが、日本社会を正しい方向に導くことにつながると語る久保利弁護士と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

象徴天皇制と天皇の人権が両立するための条件

(第806回 放送日 2016年09月17日 PART1:43分 PART2:45分)
ゲスト:木村草太氏(首都大学東京都市教養学部教授)

 天皇陛下がご高齢や健康上の理由から象徴天皇としての責務を果たせなくなることに不安を抱いていることを、自らの言葉で語られるビデオが公表された。間接的、かつ非常に慎重な言い回しではあったが、皇太子に天皇の地位を譲る「生前退位」の意思表示だったことは明らかだ。
 世論調査などを見ると、国民の圧倒的多数は陛下の生前退位を認めるべきと考えている。しかも、大半の国民は一過的な対応ではなく、恒久的な制度にすべきだと考えていることも明らかになっている。国会の召集や外国来賓の接受に加え、被災地の慰問や戦災地の慰霊など、報道を通じて陛下の多忙さを知っている国民の多くは、齢80を過ぎた今上天皇の、そろそろ引退させて欲しいとの思いに、理解を示しているということだろう。
 しかし、天皇のあり方を規定する皇室典範という法律には、天皇が崩御した時に皇太子が天皇の地位を継ぐことが定められているだけで、生前退位に関する規定がない。だから、今上天皇の思いを実現するためには、皇室典範を改正する必要がある。
 ビデオメッセージの公表を受け、今月26日に召集される秋の臨時国会では、皇室典範の改正を含めた対応を議論することが予定されている。しかし、今のところ永田町界隈では、皇室典範の改正までは踏み込まず、特別措置法などで特例的に退位を認める一過性の対応で、切り抜けようという意見が、大勢を占めているようだ。
 皇室典範はその呼称こそ戦前のものを引き継いではいるが、民主憲法下にある戦後の日本では一つの法律に過ぎない。他の法律と同様、国会の多数決の議決によって改正ができる。圧倒的多数の国民が天皇の生前退位を支持しているのだから、単に皇室典範にその規定を書き込めばいいではないかという気もするが、事はそう簡単ではないらしい。
 そもそも天皇は憲法で政治権力の行使が禁じられているので、陛下の「お気持ち」の表明を受けて直ちに法改正に乗り出すこと自体が、天皇の政治権力の行使を認めることになる可能性があり、問題なのだという。
 しかも、一部の識者たちは、天皇の生前退位を認めること自体に強く反対している。いやしくも天皇という地位は、個人の意思でそこに就いたり就かなかったりするべきものではないと考えているからだ。だから、自らの意思による退位など、許されないのだという。そのような形で退位を認めてしまうと、将来、皇太子が即位を拒否するような事態も起きかねず、悪しき先例になることを懸念する人もいる。
 また、逆に天皇が退位した後、上皇や法王の地位に就いて院政を敷き、裏から天皇を操ることで隠然たる政治力を行使する可能性に道を開くことを心配する向きもある。
 いずれも直ちには考えにくい話ばかりのようにも聞こえるが、悠久の歴史を誇る天皇という制度に変更を加える以上、何百年、何千年の長いスパンでものを考えるべきだという主張もわからなくはない。
 ただ、不思議なのは、これまで天皇への尊崇の念を声高に説いてきた右派の人ほど、陛下自身の人権を無視するかのような発言を繰り返していることだ。天皇は恐れ多い存在であり、一個人の意思でその地位に就いたり辞めたりできるものではないということのようだが、それは見方を変えれば、この際、天皇という個人の意思などどうでもいいと言っているようにも聞こえるし、天皇には人権など存在しないと言っているようにも聞こえる。
 基本的な人権の尊重を謳う日本国憲法下で、国民統合の象徴とされる天皇に職業選択の自由や移動の自由、婚姻の自由といった基本的な人権が認められていないことに加え、高齢や健康を理由に退位する自由さえ認められていない今日の事態を、われわれはどう考えればいいのだろうか。
 現在の象徴天皇制が規定されてから約70年、日本人は象徴天皇制という名の下で、統合の象徴たる天皇の存在を享受してきた。しかし、その一方で、その制度が、天皇および天皇家という人々の犠牲の上に成り立っているという現実からは、目を背けてきた。そして、今上天皇がご高齢となり、健康にも不安を覚えるようになった今、われわれは否が応にもその問題に向き合わなければならなくなった。
 天皇の発言を受けて法改正をするのは、天皇が政治権力を行使したことになるため、憲法に抵触する恐れがあるとの指摘もあるようだが、そもそも天皇陛下ご自身が、自ら制度変更の必要性を訴え出なければならないほどに事態が切迫するまで、この問題を放置してきたのはわれわれ日本人自身に他ならない。今こそ、象徴天皇という制度と天皇の人権をいかに両立させるかについての議論を始め、合意形成を図るべきではないか。
 戦後のあり方そのものを問い直すことにもつながる象徴天皇制の現状と天皇の人権問題、そして民主憲法との整合性などを、憲法学者の木村草太氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

遂に核兵器保有国となった北朝鮮とどう向き合うか

(第807回 放送日 2016年09月24日 PART1:54分 PART2:52分
ゲスト:武貞秀士氏(拓殖大学海外事情研究所・国際協力学研究科特任教授)

 遂に北朝鮮が本格的な核兵器の保有国になってしまった。
 というよりも、公然と核・ミサイル開発を続ける北朝鮮に対し、国際社会はみすみす核武装を許してしまったと言った方が、より正確かもしれない。われわれはどこで政策選択を誤ったのか。
 今年に入ってから北朝鮮は確認されているだけで、21発のミサイルを発射し、2回の核実験に成功している。8月3日にはノドン2発を日本のEEZ内に着弾し、8月24日にはSLBM(潜水艦発射ミサイル)も発射したほか、9月9日には5回目の核実験にも成功した。一般的には核実験を5回成功させれば、核兵器をミサイルに搭載できるレベルまで小型・軽量化が可能になっていると考えられている。
 早い話が、既に北朝鮮の核ミサイルは優に日本を射程内に収め、アメリカ本土にも届こうかというところまで来てしまったのだ。
 これが東アジアの安全保障の不安定要因となるばかりか、そのパワーバランスにも大きな影響を与えることは論を俟たない。日米を含む国際社会の対北朝鮮政策が、失敗だったことを認めないわけにはいかないだろう。
 そもそもなぜ日本を始めとする国際社会は北朝鮮の核武装をみすみす認めるようなことになったのか。元防衛研究所の教官で朝鮮半島情勢を長年ウォッチしてきた武貞秀士・拓殖大学特任教授は、北朝鮮はいずれ崩壊するに決まっているという国際社会側の決めつけが、北朝鮮に核武装の隙を与えたと強調する。
 確かに北朝鮮の国家体制は民主主義国のわれわれから見ると、いろいろと無理な点が目に付くことは確かだ。北朝鮮は度々食料不足に見舞われ、国民を満足に食べさせることもできていないという。かと思えば、政府の主要幹部が態度が悪いというだけで次々と処刑されたりしている。そんな国家がいつまでも持つわけがないと考えるのも無理はない。しかし、北朝鮮崩壊説に確たる根拠が示されているのを一度も見たことがないと、武貞氏は言う。
 北朝鮮という国や民族に対する蔑視や、国営放送局のニュース映像などから見えてくる全体主義の滑稽さなどによって、われわれは明らかに北朝鮮という国を過小評価していると、武貞氏は長年に渡り指摘してきた。しかし、専門家も政治家もその主張に耳を傾けようとはしなかった。そればかりか、北朝鮮という国を評価するかのような武貞氏の発言は、本気にされないばかりか、学会や論壇、メディア上などで、むしろ叩かれてきた。
 日本から見ると北朝鮮は世界から孤立しているように見えるが、実際は北朝鮮はヨーロッパやアフリカ、中東の国々と国交があり、貿易も行われている。アントニオ猪木氏らとこの9月に北朝鮮を訪れた武貞氏によると、ピョンヤンには多くのタクシーが走り、観光客の誘致に熱心で、実際観光地では外国観光客の姿が目立ったという。
 武貞氏は特に中国が北朝鮮の体制を崩壊させない強い意思を持っているほか、ロシアも経済協力に熱心だという。核実験やミサイルを発射するたびに制裁が議論される国連安保理の常任理事国2国が北朝鮮を支えているような状態では、制裁が効かないのも無理はない。
 また、確かに北朝鮮はまだ貧しく、食糧さえ不足しているが、独裁政権の下で国富を核・ミサイル開発に集中させれば、それが実現可能であることは、パキスタンやリビアなどが実証している。
 問題は、北朝鮮が核武装してしまった今、その状況に日本はどう対応すべきかだ。
 武貞氏は北朝鮮の核武装は、アメリカに対する交渉力を得ることが最大の目的で、核を持つことでアメリカに、北朝鮮は簡単に捻り潰せる相手ではないと認識してもらうためだという。しかし、北朝鮮の真意は、アメリカが朝鮮半島から手を引けば、北朝鮮主導で朝鮮半島の統一が可能になるというもので、それは日本にとっても受け入れがたい状況だ。
 朝鮮半島から地政学的にも至近距離にあり、北朝鮮との間に拉致問題を抱える日本は、この状況にどう対応すべきか。希代の朝鮮半島ウォッチャーの武貞氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

5金スペシャル
映画が映し出すメディアの変質

(第808回 放送日2016年10月01日 PART1:45分 PART2:56分

 月の5回目の金曜日に特別企画を無料でお届けする5金スペシャル。今回は映画がメディアの変遷をどのように描いてきたか取り上げた。
 今回取り上げた映画は、最新作「ニュースの真相」のほか、「スポットライト 世紀のスクープ」、「グッドナイト&グッドラック」、「大統領の陰謀」、「ニュースの天才」、「マネーモンスター」、そして番外編として「プロミスト・ランド」と「ハドソン川の奇跡」の8作。
 かつては政治権力や大企業の腐敗と戦う「勧善懲悪」の主人公だったメディアが、最近ではメディア自身が悪事を働いたり、逆に権力に利用され腐敗の片棒を担がされたりするストーリーが多い。メディアが社会問題を解決するのではなく、むしろメディア自身が社会問題の一部として描かれるようになっている。
 確かに、グローバル化やインターネットの登場によって、既存のメディアの役割は大きく変わってきている。しかし、その一方で、新たに表舞台に躍り出たネットメディアは、これまで既存のメディアが果たしてきた権力の監視機能や共同体の意見を集約する機能は果たせていない。そうした状況の下で、政治の劣化や社会の分断は進む一方だ。
 映画に色濃く映し出されたメディアの変質から、われわれは何を読み取るべきか。このままメディアは伝統的な公共性を失ってしまうのか。ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

2020年は東京が世界一のバリアフリー都市になるチャンスだ

(第809回 放送日 2016年10月08日 PART1:46分 PART2:28分
ゲスト:佐藤聡氏(障害者インターナショナル日本会議事務局長)

 1964年の東京オリンピックを機に政府は新幹線や首都高速などの交通インフラや国立競技場、代々木体育館などの公共施設の建設を進め、都内の公共インフラ整備が一気に進んだことはよく知られている。
 しかし、1964年に日本がやり残したことがある。そしてそれを実行するチャンスが、2020年に再び回ってくる。
 実は、1964年のに東京でアジア初のオリンピックと並行して、世界で二度目となるパラリンピックが開催されたが、1964年の段階で日本にはまだ、都市インフラのバリアフリー化を進めるだけの余裕はなかった。
 それから半世紀が過ぎた。その間、世界各国では都市インフラのバリアフリー化やユニバーサルデザイン化が進み、気が付けば日本はバリアフリー後進国になっていた。
 2006年に国連で採択された障害者権利条約では、「合理的配慮がないこと」を差別としており日本も2年前に同条約を批准、今年4月に施行された障害者差別解消法も当然その考えをとっている。しかし、今の日本の建物や公共交通機関のバリアフリー基準は、2006年の「(新)バリアフリー法」に基づくもので、とても遅れたものとなっている。
 例えば、東京の地下鉄ではまだエレベーターすら完備されていない駅が、多く残っている。ホームに転落防止柵が完備されていない駅も多く、視覚障害者が線路に転落する事故が後を絶たない。エレベーターが設置されている駅でも、車椅子利用者は一旦地上に出て横断歩道を渡り、反対側のエレベーターに乗り直さなければ、乗り換えさえできないところが多い。しかも、エレベーターが設置されている駅でも1基しかないところがほとんどで、それを高齢者やベビーカーの利用者などが共有しているため、いつも長時間待たされる覚悟をしなければならない。
 2020年のオリパラの会場となる日本武道館やその他の施設も、車椅子利用者にとってはさまざまなハードルがあり、まだまだ決して高齢者や障害者に優しい施設とは言えない状態にある。
 自身が車椅子ユーザーで障害者インターナショナル(DPI)日本会議の事務局長を務める佐藤聡氏は、アメリカを視察した際に衝撃を受ける経験をしたという。
 ニューヨークでヤンキースタジアムを訪れた時のことだ。日本でも野球場に車椅子用のスペースは用意されているが、数が少ない上、健常者とは別扱いになるため、友人と一緒に試合を観戦することができない。ところが、ヤンキースタジアムには球場を取り囲むように大きな車椅子用のスペースが確保されていた。そこで一緒に来た健常者と試合を観戦することができる。そして、何よりもヤンキースタジアムは、前の人が立ち上がっても車椅子利用者の視線が遮られないように設計されていた。これをサイトライン(視線)と呼ぶが、前列の観客が立ち上がって、いつも試合の決定的なシーンを見ることができず悔しい思いをしてきた野球好きの佐藤氏は、その徹底ぶりに感動すら覚えたという。
 実はこれはヤンキースタジアムに限ったことではない。アメリカでは野球場のような公共の施設は、ADA(Americans with Disabilities Act。 1990年に制定されたアメリカの障害者差別を禁止する法律)のガイドラインに準拠しなければならないことが、法律によって定められている。そこにはサイトラインの確保は言うに及ばず、エレベーターのサイズから通路や出入り口の間口のサイズ、トイレの仕様に至るまで、図入りで厳しい基準が定められている。これは法律による縛りなので、それを守っていない施設があれば、公共施設であろうが民間の施設であろうが、すぐに訴訟を起こされてしまう。このガイドラインはそういう形で強い強制力を持っている。
 アメリカのADAから遅れること26年、2016年にようやく障害者差別解消法が施行された日本にも、一応バリアフリー化のガイドラインは存在する。しかし、これはADAガイドラインとは比べようがないほど基準が緩く、しかも民間に対してはあくまで努力目標にとどまっているため、ほとんど徹底されていないのが実情だ。
 もう一つ佐藤氏がアメリカで感じたことがある。それは心のバリアフリー化だ。日本では障害者というととかく特別扱いされがちだが、アメリカでは障害者も健常者も「共に生きる」という考えが当たり前のように浸透しているのを感じたという。心のバリアフリーを達成するために佐藤氏は、インクルーシブ教育の重要性を強調する。
 何にしても、そんな日本の首都東京に4年後、2度目のオリンピック・パラリンピックがやってくる。2020年を目指してさまざまなインフラ整備が予定される中、バリアフリー化の予算も例年より大幅に増額されている。小池新都知事も所信表明演説で「高齢者や障害者に優しいユニバーサルデザインのまちづくりも推し進め」ると明言した。折しも今年4月に障害者差別解消法が施行されたこととも併せて、東京は今、世界一のバリアフリー都市に生まれ変わるための、千載一遇のチャンスを迎えていると言っていいだろう。
 佐藤氏は2年前から積極的にオリパラ組織委員会のガイドライン策定に働きかけを行ってきたところ、当事者が参加して意見を言うことで、だいぶ状況は変わってきたと感じているという。すったもんだの末に決まった新国立競技場も、ことバリアーフリー化については国際標準を達成できる見通しが立ってきているそうだ。
 なぜ日本のバリアフリーは遅れているのか。2020年オリパラを機に、日本は世界一のバリアーフリー都市に生まれ変わることができるのか。その前に立ちはだかるものは何か。障害者インターナショナル日本会議事務局長の佐藤聡氏と、ジャーナリストの迫田朋子と社会学者の宮台真司が議論した。

トランプが負けてもトランプ現象は終わらない

(第810回 放送日 2016年10月15日 PART1:50分 PART2:53分)
ゲスト:渡辺靖氏(慶應義塾大学環境情報学部教授)

 オクトーバー・サプライズ。
 アメリカの大統領選挙は投票日直前の10月に、予想外の展開を見せることが多い。ここで候補者の過去のスキャンダルが浮上したり、ちょっとした失言などがあると、11月上旬の投票日までに失地を挽回する時間がないため、結果的にそれが命取りになるからだ。
 予備選挙から一貫して今年のアメリカ大統領選挙の根幹を揺るがしてきた「トランプ旋風」が、ここに来て大きな節目を迎えている。どうやら2016年の大統領選のオクトーバー・サプライズは1本の猥褻ビデオだったということになりそうだ。
 猥褻ビデオと言っても、何か衝撃的な映像が映っていたわけではない。その中身は共和党の大統領候補ドナルド・トランプが、テレビ番組のロケバスの中で女を口説き損ねた武勇伝や自分の女癖についてスタッフと軽口を叩いている音声が収録されているだけのビデオだ。
 しかし、このビデオが今回は決定打となった。これまで数々の暴言や差別発言を繰り返し、女性に対しても典型的な性差別的態度を隠さずに来たトランプだったが、ここまでの発言は計算があってのことだろうと思っている人も多かった。あえて暴言を吐くことで、メディアに話題を提供しつつ不満層に訴えるトランプの戦略を、評価する声すらあった。
 ところが、10年前に録画されたという1本のプライベートなビデオによって、トランプの一連の暴言がどうやら彼の本音だったらしいことが、白日の下に晒されることとなった。少なくとも、これまで恐る恐るトランプを支持してきた消極的な共和党のトランプ支持者の多くは、そう受け取ったようだ。
 9月に長年所得税を払っていなかった疑いが取り沙汰されて以来、翳りを見せていたトランプの支持率は、ビデオが公表されてから更に落下し、クリントンとの差が10%を超える世論調査も出てきた。投票日まで一か月を切ったこの段階での10%の差は、よほどのことがない限り決定的に見える。
 しかも、ビデオが公表されて以降、自分がトランプからセクハラを受けたとか、無理やりキスされた、体に触られたといった告発をする女性たちが、雨後の筍のように方々で出てきている。
 そうしたことを念頭に置くと、もはや大統領選挙自体は決したかに見える。
 本来であればそれは、アメリカの歴史上初の女性大統領の誕生を意味し、もう少し盛り上がりを見せてもいいはずだが、そうした雰囲気はほとんど感じられない。
 まず、民主党のヒラリー・クリントン候補も実に多くの問題を抱えているからだ。今回は敵失で漁夫の利を得た形になるクリントンだが、メール問題や健康問題など、通常の大統領選挙では十二分に致命的になり得る問題がいくつも浮上していた。党内の予備選でも身内の後押しで辛うじてバーニー・サンダース候補を下したことを含め、もう少しまともな対立候補が出ていれば、どうなっていたかもわからない薄氷を踏む選挙戦だった。
 しかも、クリントン対トランプの選挙戦が、表層的なスキャンダルネタでお互いを罵り合うネガティブ・キャンペーンに終始したため、クリントンの政策が十分有権者に浸透したとは言えない状態だ。それがクリントンの大統領就任後のリーダーシップにどう影響するかについても不安は多い。
 そして何よりも、トランプ現象が終わりそうにないことだ。今回の猥褻ビデオで共和党の重鎮から批判されたトランプは、むしろ態度を硬化させ、今までは党に配慮して大人しくしてきたが、これからは自分のやり方で選挙戦を戦うと宣言している。実際に、ビデオ問題が発覚して以降、トランプは「自分が大統領になったらクリントンを刑務所に送ってやる」とか、メディアが報じている自分のスキャンダルは全てデマで陰謀だなどと、持ち前の陰謀論を全開させるなど、何でもありモードに入っているように見える。
 アメリカウォッチャーで慶應大学教授の渡辺靖氏は、ビデオ問題が浮上して以降、トランプは自分の支持層を拡げるのを諦める一方で、コアな支持者を固める戦略に出ていると指摘する。それはトランプが大統領選挙後も、トランプ現象を率いていく覚悟を決めたことを意味している。
 実際トランプは選挙後、自らの選対チームを中心とするに、新しい保守系のメディアビジネスを立ち上げる構想が取り沙汰されている。クリントン政権にとっては選挙が終わった後も、トランプが率いる一大勢力が最大のリスクファクターになる可能性が否定できない。
 渡辺氏はトランプの影響力がどの程度温存されるかは、選挙戦でトランプがどの程度の支持を集められるかにかかっていると言う。確かに選挙で惨敗すれば、トランプの勢いにも一時的にブレーキがかかるかもしれない。しかし、一説には何があってもトランプを支える支持者が全米で1400万人はいるという。今回の大統領選挙でトランプの下に結集した、現状に不満を抱える保守的な一大勢力は、今後、アメリカの政治地図を根幹から塗り替える存在になっていく可能性は否定できない。
 トランプ現象のその後と、選挙後のアメリカ政治の見通しについて、渡辺氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

 

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