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Vol 60(601~610回収録)

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iPS細胞と放射能問題の社会学的考察

(第601回 放送日 2012年10月20日  PART1:73分/PART2:36分)
ゲスト:粥川 準二氏(ライター)

 

 京大の山中伸弥教授が今年のノーベル賞を受賞したことで、再びiPS細胞に注目が集まっている。人体のどの細胞にも変わることができることから「ヒト人工多能性幹細胞」と名付けられたiPS細胞はこの先、再生医療や難病の克服などに大きな役割を果たすことが期待される一方で、われわれ人類にまた一つ大きな課題を投げかけることとなった。それは究極的には生命倫理の問題に他ならない。
 バイオ技術に詳しいライターの粥川準二氏は、iPS細胞の画期性として、iPS細胞に先立って多機能幹細胞として登場したES細胞が人間の受精卵の胚を壊さなければならなかったのに対し、本人の細胞から作るiPS細胞はその必要がなかった点と、iPS細胞は自身の体細胞を増殖させたものなので、移植などを行った場合に拒絶反応が起きないと予測されている点をあげる。胚を壊さないことから倫理的ハードルが低いとされるiPS細胞ではあるが、粥川氏はES細胞にしてもiPS細胞にしても、いずれも人間の体以外の場所で細胞を培養しているという点で倫理面での議論は避けて通れないと指摘する。
 粥川氏はiPS細胞が今生きている人と同じ遺伝情報をもっている点に注意が必要だと言う。精子や卵子、あるいは脳、神経細胞だったりはいいのか他者や実験動物に移植することは許されるのか。「今どこかで生きている人と同じiPS細胞を使ってなにかをを行うときに、一体どこまでそれは許されるのかは議論が必要」と粥川氏は語る。  人間が人間の命に関わる分野にどの程度まで足を踏み入れることが許されるのかという原理的な議論ももちろん重要だ。しかし、それと同時に、こうした先端医療技術には、社会の格差の問題が投影される点も見逃してはならない。そもそも最先端医療には膨大な費用がかかるため、その恩恵に浴せる人は一部の富裕層に限られる。と同時に、そもそもその研究や開発が社会的弱者の犠牲の上に成り立っている面があることを見逃すべきではない。後に大きなスキャンダルとなった韓国のES細胞研究で、卵子を提供した女性の多くは経済的弱者だった。また、最初のヒール細胞のもとになったのも貧しい黒人女性だった。このように粥川氏はバイオ医療の利益と不利益には不均等な配分の問題があることを厳しく指摘する。
 また、医薬品や治療方法ができた瞬間に、大きなお金の動きが発生することが考えられる点にも粥川氏は警鐘を鳴らす。iPS細胞成功のニュースが報じられる段階で、既に「品質」という言葉が当たり前のように使われている。「人体が現在工業製品、あるいは資源としての質を問われるそういった価値をもった存在になったことを意味している」と言う。
 原発事故に伴う放射線被曝についても粥川氏は、放射線への恐れによってある種の優生学的思想が喚起されることを恐れていると語る。誰しも子どもの健康を願うのは当然のことだが、それが行き過ぎると、障がい者の存在を否定するようなものになる場合がある。現に原発をめぐる論争でも、先天性障害や奇形を話題にすることがややタブー視されている面があるのではないか。
 実際にiPS細胞を使った手術を6例行ったとの爆弾発言でしばらく世間を賑わした森口尚史氏については、その発言内容に全く根拠がなかったことが明らかになりつつあるが、森口氏が当初、自らが行ったとする手術について、「iPSしか治療手段はなかった」としていた点は、バイオ医療がこの先直面する大きな問題提起を含んでいたと見ることができる。ある人が病気を治すために、あるいは生存するために本当にそれ以外に手段がなかった時、医学は倫理面での議論が未決着な技術や、十分な安全性が証明されていない技術を使うことを、頭ごなしに否定できるかという問題だ。
 実際、粥川氏は「幹細胞ツーリズム」なるものが既に存在していて、ES細胞が話題になってからネット上で幹細胞を使う医療行為を行うと謳う医療施設が現れているという。治療方法がないと言われている病気に苦しむ人は、僅かでも治癒の可能性があると言われれば、いかなるリスクを冒してでも、その可能性に賭けてみたくなることは当然あり得る。しかし、十分な根拠がない方法を提供することで、「藁にもすがる患者に藁を差し出すのは間違っているのではないか」と粥川氏は言い、動物実験から臨床試験へと至る過程が透明である必要性を強調する。
 最後にバイオ技術が人類を幸せにできるかとの問いに対し粥川氏は、「利益と不利益の総量と分配、それに関わる人の自律性意志の観点において、今ある選択肢を検討することができれば」との条件つきながら、バイオ技術が人間を幸せにする可能性はあるとの考えを示した。
 バイオ問題をさまざまな側面からウォッチしてきた粥川氏と、iPS細胞か再生医療、出生前診断、そして放射能に至るまで、昨今のバイオ技術、バイオ医療、そして原子核と細胞核の両方を意味する「核」技術をめぐる様々な論点について、ジャーナリストの武田徹と社会学者の宮台真司が社会学的な視点から議論した。

電通支配はこうして原発報道を歪めてきた

(第602回 放送日 2012年10月27日  PART1:64分/PART2:45分)
ゲスト:本間 龍氏(著述家)

 

 最近よく「スポンサーの圧力」という言葉が乱れ飛んでいる。今やそのようなものがあること自体は、誰もが薄々知るところとなったが、それが具体的にどのようなもので、その圧力がどのような形で行使されているについては、意外と知られていない。実態を知らなければ、問題を解消することができない。そこで今回は、スポンサー圧力なるものの実態に光を当ててみたい。  原発事故の後、マスメディアによる事故の報道がおかしいことに多くの人が気づいた。マスメディアはあれだけの大事故が起きた後も安全神話に依拠した報道を続け、後に御用学者と呼ばれるようになった原発安全論者や原発推進論者を起用し続けた。
 また、原発報道に関しては、事故前の報道にも大きな問題があることも、われわれは後に痛いほど知ることとなった。安全神話は言うに及ばず、まったく現実味のない核燃料サイクル事業に兆円単位の税金を注ぎ込んでいた事実、電力会社社員の保養所維持費や広告宣伝費、御用学者を飼い慣らすための大学への寄付金まで電気料金として徴収することが認められていた総括原価方式と呼ばれる料金方式等々、なぜわれわれはこんなことも知らなかっただろうか。不思議なほど原発を巡る腐敗や癒着構造について、メディアは報じてこなかったことが明らかになった。
 原発に関する重要な事実が報じられてこなかった背景には、それが国策であったことや記者クラブ制度と報道機関内部の縄張り争いなど多くの要素がある。しかし、その中でもスポンサー圧力の問題は大きな比重を占めていた。何せ東京電力一社だけで年間260億円、電事連加盟10社で合わせて1000億円が、広告宣伝費として使われてきたのだ。そのすべてを一般消費者が電気料金として負担していたのかと思うと腹立たしい限りだが、そのスポンサーとしてのメディアに対する影響力は群を抜いていた。
 大半のマスメディアが広告宣伝費に依存した経営を行っている以上、この1000億円のパワーは、あらゆる批判や抵抗を無力化して余りあるだけの威力を持つ。
 そして、そのエージェント(代理人)として、スポンサーに成り代わって実際にその影響力を行使しているのが電通を始めとする広告代理店である。
 博報堂に17年間勤務した経験を持つ本間龍氏は、特に業界最大手の電通がクライアント(広告主)の意向を体現するためにいかにメディアに圧力をかけていくかを、実例をあげながら具体的に証言する。それは氏自身もかつて博報堂でやっていたことでもあった。
 本間氏によると、マスメディア業界は電通の支配力が圧倒的で、特にテレビ、とりわけ地方局は電通なしにはやっていけない状態にある。そのため、放送局の営業は電通の担当者からの「要請」は聞かざるを得ない。その関係を利用して、電通の営業マンは自分のクライアントにとって不利益となる情報や報道が出ないように、常にメディアと連絡を密に取り合い、必要に応じて報道に介入できる体制を取っていると本間氏は言う。つまり広告代理店、とりわけ電通の仕事の大きな部分は、単にCMを制作したり、広告主を見つけてくることではなく、広告主を「代理」して広告主の意向をメディアに伝えそれを体現することにあると言うのだ。
 実際、電通1社で4媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の広告市場のシェアは5割に及ぶ。博報堂を合わせて2社で7割を超えるという異常な業界だ。
 本間氏は、広告主や広告代理店がメディアの報道内容に圧力をかけることが違法になっている国も多いと指摘する。また、通常は利害衝突や情報漏れを避けるために一業種一社ルール(広告代理店は一つの業界で1社しか代理できない)が徹底されているため、電通のようなガリバー代理店は生まれにくいという。その制度があれば、他に代わりのスポンサーを見つけてくることが容易になるので、メディア側も「報道内容に注文をつけるならスポンサーを降りて貰って結構だ」と圧力を突っぱねることができる。ベンツが文句を言うのなら、他の代理店を使ってアウディなりBMWなりを代わりのスポンサーに入れることができるということだ。しかし、力が極度に電通に集中している日本では、あくまで喩えだが「ベンツもアウディもBMWもすべて電通」といった状態にあるため、それがほとんど不可能に近いのだと本間氏は言う。
 また、メディア側にも大いに問題がある。報道内容への代理店やスポンサーの介入を許している背景には、報道機関の中の報道部門と営業部門のズブズブの関係がある。スポンサーがメディアに介入するためには事前に報道内容を知る必要があるが、本来、報道前に報道内容を営業部門が知っていることはあってはならないことのはずだ。また、もし事前に報道内容を知らされているのであれば、営業部門はそれが報道されるまでは守秘義務に縛られていなければならない。これはインサイダー取引にもつながる重要な問題で、事前に報道内容を知り金融商品の取引をすると法に触れるが、報道前情報が代理店やスポンサーには筒抜けというのは明らかに報道倫理上問題がある。
 要するに、代理店側は政治的な理念やら社会的な責務だのをほとんど全く考えることなく、単に億円単位で広告費を払ってくれるスポンサーの意向に忠実に動いているだけだし、メディア側はスポンサー圧力を受けにくいような工夫や努力を十分していないために、現在のような「スポンサー圧力はあって当たり前」の状態が続いているのだと本間氏は言う。
 ずいぶん馬鹿馬鹿しい話だ。一業種一社という利益相反を避けるためには当然あって然るべきルールがあれば、電通のみにこれだけ力が集中することもなく、よって特定のスポンサーの意向(とそれを代言する電通の力)で報道内容が歪められるリスクは大幅に低減する。更に、メディアの側も、これまた当たり前すぎるくらい当たり前な「報道前情報に関する報道部門と他の部門間の壁」をしっかりと設ければ、少なくとも報道内容が報道前にスポンサーや代理店から介入されるリスクは回避できる。そうしたごくごく当たり前のことが行われていないために、日本は今もって「メディアへのスポンサー圧力があって当たり前の国」に成り下がっているというのだ。
 しかし、そこでもまたメディア問題特有の「カギのかかった箱の中のカギ」問題が顔を覗かせる。そうした問題をメディアが報じることはほとんどないため、そもそもそのような問題が生じていることを一般社会は具体的にはほとんど知らない。知らされていないから、政治家や官僚も世論を後押しに制度変更を主張することができない。世論の理解ないところで、あえて電通やメディアを敵に回すような発言をする政治家や官僚、言論人がほとんどいない理由は、今更説明の必要もないだろう。記者クラブ問題やクロスオーナシップ問題、再版問題などと根っこは同じだ。実際、共産党議員などによって、独禁法との絡みで電通の一極集中問題が国会で取り上げられたことはあったが、いつの間にか立ち消えになっている。
 こうなってくるとなんだか身も蓋もない話に見えるが、このような「終わっている」状況にもようやく変化の兆しが見える。インターネットの普及によって、新聞、テレビ対する抜群の支配力を誇っていた電通の力が相対的に落ちてきていると本間氏は言う。また、電通が新聞やテレビ報道を押さえ込んでも、ネット上に情報が出回ってしまい、マスメディアの報道を押さえたことが、かえって逆効果になるような事態も頻繁に起きている。そもそも戦前から活字媒体に強みをもっていた博報堂は、テレビ時代に乗り遅れて、その波に乗った電通の後塵を拝することとなったという。テレビ時代の支配者電通の権勢は、ネット時代にどう変わっていくのか。自ら博報堂の営業マンとしてスポンサーの「代理」をしてきた本間氏と、スポンサー圧力によって報道が歪められる舞台裏を、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。 

米大統領選で問われる「オバマのアメリカ」とは

(第603回 放送日 2012年11月03日  PART1:78分 PART2:32分)
ゲスト:松尾 文夫氏(ジャーナリスト)

 

 アメリカは「オバマのアメリカ」にノーをつきつけるのか。
 11月6日、アメリカで大統領選挙が行われる。4年前、「Yes, we can」のスローガンとともに熱狂的な支持に支えられて初のアフリカ系アメリカ人大統領に選出された民主党のバラック・オバマだが、11月初旬の段階で共和党のミット・ロムニーにほぼ互角の戦いを強いられるなど、再選を目指す現職の大統領としては意外なほどの苦戦を強いられている。なぜ、オバマのアメリカは4年間でここまで支持を失ったのか。
 1960年以来アメリカの大統領選挙を取材してきたジャーナリストの松尾文夫氏は、投票日直前にハリケーン「サンディ」がアメリカ東海岸に大きな被害を及ぼしたことで連邦政府の支援の必要性が高まり、結果的にそれがオバマに有利に働くだろうとの理由 で、オバマの勝利を予想する。しかし、もしハリケーンが来なければ、選挙はどちらに転んでもおかしくはなかったという。実際に、最初の討論会で躓いたオバマの再選が、危ういところまで追い詰められていたことはまちがいないようだ。
 たった一つの台風で選挙結果が左右されるのかと思われる向きもあろうが、実は「サンディ」による台風被害とその復興支援における連邦政府への期待は、今回の大統領選挙の争点そのものでもあった。それは「連邦政府の役割とは何か」(松尾氏)という、アメリカが建国以来繰り返し自問自答してきた、アメリカにとっては国の本質を問う論点に他ならなかった。
 08年9月のリーマンショック直後の09年1月に大統領に就任したオバマは、グリーンニューディールなどの公共事業を含む8000億ドルにも及ぶ大型景気対策、破綻したゼネラルモーターズの国有化、サブプライム危機を生んだ野放図な金融取引を規制する金融制度改革、そして4000万人を超える無保険者を救済するための医療保険改革など、いずれも連邦政府の介入による経済立て直し政策を矢継ぎ早に実施した。それぞれの中身の評価はともかく、常識的に考えればこれらはいずれもリーマンショック直後のアメリカには必要不可欠な政策で、オバマ政権にはそれが自分たちが期待された役割であるとの確信もあった。特に国民皆保険を目指した医療保険改革は、歴代の民主党政権が挑戦しながらいずれも挫折してきた大改革であり、オバマの名を歴史に残すと言っていいほどの大きな功績だった。
 ところが、この「オバマ政権の功績」そのものが、オバマ不人気の原因となったというのだから、世の中難しい。1980年のレーガン政権以来、アメリカは基本的に「小さな政府」路線の下で、規制を減らし、政府の介入を控え、市場原理に委ねる政策を実施してきた。その結果、イノベーションや生産性の大幅な向上があったとされる一方で、社会には大きな格差や歪みが生まれていた。そのような大きな所得格差を抱えるアメリカで低所得層や社会の低層を救済するためには、政府は従来の非介入路線を変更し、ある程度規制を強化したり、政府が市場に介入する必要がある。こうしたオバマ政権の政策は「大きな政府」路線への転換と受け止められ、連邦政府の膨脹に対する警戒心が強い保守層を中心に、オバマに対する反発が強まった。特に医療保険改革(ヘルスケア・フォーム)は「オバマ・ケア」と呼ばれ揶揄の対象となった。オバマ政権の功績そのものが、オバマ不人気の原因となった背景にはそのような経緯があった。
 松尾氏は、アメリカには独立以来の根強い連邦政府不信が根付いているという。元々イギリス政府の圧政から独立するために多大な犠牲を払って独立戦争を戦ったアメリカは、その経験から連邦政府というものを根っから信用していないのだという。実際、共和党のロムニー氏はマサチューセッツ州知事時代に、オバマケアとほとんど同じような医療保険改革を州レベルで実現しているが、これは高く評価されているそうだ。連邦政府がやると批判を受け、同じことを州政府がやれば評価される。それがアメリカなのだと松尾氏は言う。
 今回の大統領選挙はアフリカ系アメリカ人のオバマとモルモン教徒のロムニーという、アメリカの非主流派同志の戦いという色彩も持つ。このことについて、松尾氏は「モルモンはアメリカでは既に社会に受け入れられていると思うが、黒人差別は依然として根強い。黒人のオバマが再選されることの意味は大きいだろう」と語る。
 最後に松尾氏は、この大統領選挙では日本のあり方も問われているとの見方を示す。松尾氏は今回の大統領選挙では、3度の討論会を含め、日本の名前があがることが一度もなかったことを指摘した上で、アメリカの中で日本の存在がいよいよ見えないものになっているとの懸念を示す。そして、「それは日本ができることを何もやっていないからだ。」と、対中、対露、対韓関係など戦後日本がアメリカにお任せしたまま棚上げしてきたさまざまな問題を今こそ日本のイニシャチブで解決に取り組むべきであり、そこに向かうことで初めて、日本の存在が改めて再認識されると主張する。
 今回で取材した大統領選挙が14回目となるというアメリカ政治専門家の松尾氏と、この大統領選挙がアメリカとそして日本に何を問うているかを議論した。  

東京新聞が反原発路線を突っ走れる理由

(第604回 収録日2005年5月6日 PAR2012年11月10日 PART1:54分 PART2:37分)
ゲスト:田原 牧氏(東京新聞特別報道部記者)

 

 3・11の原発事故以前から、主要メディアの原発関連の報道には問題が多かった。
 そして、事故の後、われわれは新聞やテレビなどのマスメディアが、原発に関する重要な情報をほとんど報じていなかったことを知る。それは原発の安全性の問題にとどまらず、動く見込みのないまま莫大な税金が注ぎ込まれてきた核燃料サイクル事業や使用済み核燃料の最終処分の問題、総括原価方式を始めとする不公正な競争市場の問題、電気事業者だけで年間1000億円を超える広告費を電気料金につけ回していた問題等々、あげ始めたらきりながないほどだ。
 さすがにあの事故で多少はそれもあらたまるかと思いきや、喉元過ぎれば何とやらなのだろうか、最近ではマスメディア上にはあたかもあの事故が無かったかのような報道が目に付くような気がしてならない。相変わらず「原発ゼロだと電気代が2倍に」などといった詐欺師まがいの脅し文句が見出しに踊ったかと思えば、原発再稼働に際しても、最終的には「再稼働やむなし」の立場からの報道が目立った。本来はあの事故の最大の成果でなければならない原子力規制委員会の不当な設立過程についても、マスメディアの追求はなぜが至って及び腰だ。
 しかし、そうした中にあって、明らかに群を抜いて原発の問題点を厳しく追及し続けている新聞が一紙だけある。それが東京新聞だ。
 最近の見出しだけを見ても、「原子力ムラ支配復活」、「ムラ人事変更なし」、「矛盾だらけ見切り発車」、など、一見反原発市民団体の機関誌と見まがうほど、こと原発については反原発の立場を鮮明に打ち出している。
 東京新聞は中日新聞社が発行する東京のローカル紙で、発行部数も55万部前後と、全国紙に比べればその規模ははるかに小さい。しかし、それでも日本新聞協会に加盟し、記者クラブにも籍を置く、れっきとした「記者クラブメディア」であることには変わりがない。にもかかわらず、なぜ東京新聞だけが反原発路線を突っ走ることが可能なのか。
 同紙の反原発報道の主戦場となっている「こちら特報部」面を担当する特報部デスクの田原牧氏は、東京新聞は本来はどちらかというと「保守的な会社」だが、保守的だからこそ、あのような悲惨な事故の後は、原発問題について批判的な記事を書くことが必要と考えているとして、「世の中が右に行っているのだから真ん中にいる者は左翼といわれる。ある種のそういう感覚を大切にしている会社だ」と語る。要するに、自分たちは特に変わった報道をしているという認識は持っていないが、当たり前のことを普通に報道するだけで、たまたま今の日本では突出した存在になってしまっていると言うのだ。
 また、田原氏によると、東京新聞はもともと3・11の事故以前から、原発問題をタブー視せずに、原発の問題点も積極的に伝えてきたという。事故後の報道もその路線を続けているだけで、何ら特別なことではないというのが田原氏の説明だ。
 しかし、それではなぜ他紙にはそれができないのだろうか。他にも何か秘訣があるに違いない。
 田原氏は「強いて言うならば」と前置きをした上で、東京新聞が持つ「批判精神のDNA」と、主に花柳界のニュースを報じていた前身の都(みやこ)新聞時代から引き継がれてきた、「現場に任せられる緩さ」ではないかと言う。
 「右とか左とかと言うよりは批判精神が働くか働かないか。われわれは原子力ムラに対しても左翼に対しても批判的だと思う。そしてその判断が現場に任されていることではないか」と田原氏は語る。
 そんな田原氏も、昨今メディアに頻発している不祥事や誤報、盗用事件に対する見方は厳しい。いろいろな背景が指摘されているが、田原氏はそれらの事件に一貫して共通することは「基礎的な取材力が落ちていること」と「リスクの伴う取材をしなくなっていること」をあげる。被疑者の写真を取り間違えたりiPS細胞をめぐるあり得ないような虚言にまんまと乗せられてしまったケースなどは、いずれも当然できていなければならない基礎的な取材が全くできていなかったことを示している。個々の記者の基礎的取材力も低下しているし、社も記者に相手の懐に飛び込むようなリスクを伴う取材を認めなくなっていることが、メディア全体の質の低下を招いていると田原氏は語る。
 主要紙の中でただ一つ反原発路線でひた走る東京新聞の田原氏と、昨今のメディア報道について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

検事が事件をでっちあげてしまう本当の事情

(第605回 放送日 2012年11月17日  PART1:78分 PART1:44分)
ゲスト:市川 寛氏(元検事・弁護士)

 

 警察、検察の失態が後を絶たない。見込み捜査に自白の強要、長時間に渡る取り調べと調書のねつ造、あげくの果てには証拠の改ざんに誤認逮捕等々。これらはいずれも、これまでわれわれが警察や検察に抱いていた正義や実直さといったイメージとはかけ離れたような出来事ばかりだ。そしてそのなれの果てが、布川事件から東電OL殺人事件にいたる一連のえん罪だった。
 警察、検察はいったいどうなっているのか。
 検事による証拠改ざん事件など一連の不祥事を受けて、検察庁は取り調べの可視化や専門委員会での研究調査などを盛り込んだ改革に取り組んでいるとされている。
 しかし、改革はお世辞にも進展しているとは言えない。また、証拠改ざん事件でも、特定の個人に詰め腹を切らせることで幕引きを図った印象が強く、腐敗した構造は依然として温存されたままに見える。
 元検事の市川寛氏は、その刑事司法の構造的な問題を自ら体現し、また自らその責めを背負った人物と言っていいだろう。佐賀市農協背任事件の主任検事を務めた市川氏は、まったく中身のない事件であることを知りながら、検察の独自捜査に失敗は許されないという重圧から、取り調べで被疑者に対して「ぶっ殺す」などの暴言を吐き、拷問のような高圧的な取り調べを長時間続けることで、否認する高齢の農協組合長を無理矢理自白に追い込んだ経験を持つ。そして、後に裁判で被疑者の自白の任意性を証明する検察側の証人として法廷に立った市川氏は、検事の身分のまま、違法な取り調べを行った事実を証言したのだった。
 市川氏自身は自白をとるためには手段を選ばないことが求められる検察の世界にあっては、自分は検事失格だと語る。また、法廷でそれを認めることで、その重圧に耐えて職務を全うしている同僚の検事たちを裏切ってしまったとの思いもあるという。しかし、一般の感覚では、事件をでっち上げる過程で市川氏が苦しんだ葛藤と、逡巡の末に法廷でそれを認める行動の方が、遙かに正常に見える。検事という仕事はいつから正常な感覚を持った人間には務まらない職業になってしまったのだろうか。
 現在は検事を退官し、弁護士として活動する市川氏は、自らの検事としての体験を元に、刑事司法の実態と問題点、そしてなぜ検察が調書をでっち上げてまで無理矢理事件を立件しなければならないかについて、検察側の内部事情を赤裸々に語る。その実態は、これまでわれわれが検察に対して抱いていたイメージを根底から覆すものだった。
 現在は弁護士活動のかたわら、自責の念を込めて刑事司法の問題点を研究していると語る市川氏とともに、社会学者の宮台真司とジャーナリストの神保哲生が日本の刑事司法制度が抱える問題の本質とその処方箋を議論した。  

日本病の治し方

(第606回 放送日 2012年11月24日 PART1:87分 PART2:30分)
ゲスト:古賀 茂明氏(大阪府市統合本部特別顧問)

 

 少し前の話になるが、イギリスの高級誌『エコノミスト』(2008年2月21日号)が「JAPAIN」と題する巻頭特集を組んだことがあった。Japan(日本)とpain(苦痛)を掛け合わせた言葉だったが、それ以来「英国病」ならぬ「日本病」の存在は世界にも広く知れ渡ることとなった。
 外国メディアの指摘を待つまでもなく、日本は先進国でも最も早く少子高齢化に直面した。その中で、経済は20年あまり停滞を続けたまま構造改革は進まず、社会も格差や高い自殺率などに喘ぎながら、政治は相も変わらぬ内向きな足の引っ張り合いを続けて無策ぶりを露呈している。結果的に、社会の隅々にまでさまざまな問題が波及し、人心の荒廃も進んでいるように見える。
 問題の中身も所在もわかっている。多くの処方箋も提示されている。にもかかわらず、おのおのが目先の利益や自身の保身、既得権益の護持に汲々とし、改革を実行する意思や勇気が政治にも経済にも社会にも欠如している。そのために、いつまでたっても何も変わらない。何も変わらないまま少しずつ国力は衰え、社会は劣化していく。おそらく「日本病」とはそんな状態のことを言っているのではないか。
 3年前に国民の大きな期待を背負って誕生した民主党政権は、残念ながら大きな幻滅をもって少なくとも一旦はその役割を終えた。民主党政権が機能しなかった背景には、民主党という政治集団自身が抱える問題も多分にあるだろう。しかし、それと同時に、当初民主党政権が未熟ながらも日本病の一部に手を付けようと試みたことで、その病巣が以前よりもくっきりと浮かび上がる結果となった。  日本病の病巣とは何か。経産官僚として公務員改革などに熱心に取り組み、結果的に官僚機構から排除される形となった古賀茂明氏は、国益よりも省益を優先する官僚機構と、それを制御する能力や意思を持たない政治家、そして日本病の本質を国民に正しく伝えられないメディアの劣化を指摘する。
 特に民主党政権が脱官僚なる試みを行ったために、日本の統治機構内における官僚の専横ぶりが自民党政権時と比べてより鮮明に見えてきた。民主党の脱官僚は準備不足、実力不足、覚悟不足の3点セットで無残にも打ち砕かれたが、例えば、福島原発事故後の東京電力の処理を見ても、より国民負担が軽くなる破綻処理が当然為されなければならないところを、結局東電を税金で存続させる結果となった。政治家は官僚や電力業界から「東電を破綻させたら電力供給が止まる」、「金融・債券市場への影響が大きすぎる」、「被害者への補償が不可能になる」といった説明で脅され、メディアは「東電を破綻させないことのコスト」を正しく報じないため、結果的に税金で東電を救済するという「究極のモラルハザード」(古賀氏)が、衆人環視の下で平然と行われてしまった。
 その多くが東大法学部を卒業し難関の公務員上級試験で優秀な成績を修めたはずのエリート官僚だ。彼らが、なぜ日本病を治療できないばかりか、むしろ自分たち自身がその病原体となってしまうのか。政治はなぜこれを正すことができないのか。国民はこの問題にどう関われるのか。退官した今、官僚機構の外からさまざまな改革提言を行う古賀氏とともに、社会学者の宮台真司とジャーナリストの神保哲生が日本病の治し方を考えた。 

何が日本の「原発ゼロ」を阻んでいるのか

(第607回 放送日 2012年09月22日  PART1:70分 PART2:38分)
ゲスト:金子 勝氏 (慶應義塾大学経済学部教授)、武田 徹氏 (ジャーナリスト)

 

 わずか1週間前の9月14日、政府のエネルギー・環境会議は、2030年代の原発ゼロを目標とする明確な政策方針「革新的エネルギー・環境戦略」を決定し、福島第一原発の大事故から1年半を経て、ようやく日本が原発にゼロに向けて動き出すかに見えた。
 ところがその直後から、方々で綻びが見え始めた。14日に決定された「革新的エネルギー・環境戦略」は18日の閣議決定を経て正式な政府方針となる予定だったが、閣議決定は回避された。また、戦略に謳われていた原発の新説・増設を認めない方針についても、枝野経産大臣が建設中の原発についてはこれを容認する方針を表明するなど、原発ゼロを目指すとした政府の本気度が1週間にして怪しくなってきている。
 それにしても、たかが一つの発電方法に過ぎない原発をやめることが、なぜそんなに難しいのか。
 原子力委員会の新大綱策定会議の委員などを務める慶応大学の金子勝経済学部教授は、経済学者の立場から脱原発問題の本質が電力会社の経営問題にあると指摘する。今日、日本にとって原発は1990年代に問題となった金融機関の不良債権と同じような意味合いを持つと金子氏は言う。よしんば原発事故が再び起きなかった起かなかったとしても不良債権は速やかに処理しなければ膨らみ続ける。最終的にそれは国民が税金や電気代をもって負担しなければならない。しかし、今その処理を断行すれば、大半の電力会社は破綻するし、同時にこれまで「原発利権」の形で隠されていた膨大な原発不良債権が表面に出てくる。原発利権や電力利権が日本のエスタブリッシュメントの間にも広く浸透しているため、政府が原発をゼロする方針、つまり不良債権を処理する方針を打ち出した瞬間に、経済界や官界では、そんなことをされてはたまらないと、蜂の巣を突いたような大騒ぎになってしまったというのだ。
 一方、原発をめぐる二項対立の構図を避けるべきと主張してきたジャーナリストの武田徹氏は今回、政府案が切り崩された一因と取りざたされるアメリカ政府の意向について、アメリカは日本が核兵器の保有が可能な状況を作ることで、それを押さえ込めるのはアメリカしかいないという立場を得ることで、アジアの政治的な影響力を保持しようとしているとの説を紹介する。日本が原発をやめ、核燃料サイクルを停止すれば、核兵器に転用するくらいしか価値のない大量のプルトニウムを保有することになってしまう。そのような安全保障にも深く関わる政策転換となると、日本の官界、財界にはアメリカの意向を代弁する人が大量に出てくるのがこれまでの日本の常だった。どうやら今回もご多聞に漏れずそのような事態が起きているようだ。
 世論調査やパブリックコメント等で明らかになった大多数の国民の脱原発への思いと、政府のエネルギー政策の間に大きな乖離があるように感じてしまう背景には、日本の中枢が電力・原発・アメリカといった高度経済成長や冷戦下の論理から抜けだせないでいることが無関係ではないようだ。
 しかし、そんなことを言っていては、日本はこれまでも、そしてこれからも、何の政策転換もできない。そもそも日本が民主主義国と言えるのかさえ疑わしくなってくるではないか。
 政府の原発ゼロはなぜ切り崩されているのか。誰がそれを切り崩しているのか。その切り崩しは誰のためなのか。民意を正しく政治に反映させるために、我々に何ができるのか。金子氏、武田氏をゲストに迎え、長期出張より帰国直後の社会学者の宮台真司とジャーナリストの神保哲生が議論した。 

日銀は日本をデフレから救えるのか

(第608回 放送日 2012年12月08日  PART1:67分 PART2:32分)
ゲスト:北野 一氏(J.P.モルガン証券チーフストラテジスト)

 

 「我が党は3%を目指す。」
 「うちは2%が目標だ。」
 「いや、うちは1%が適正水準だと考える。」  総選挙まで残すところ1週間あまりとなったが、11月30日の主要11政党の党首による討論会では、原発、消費増税の是非などとともに、「インフレターゲット」と呼ばれる政策が論争のテーマとなっていた。
インフレターゲット(通称インタゲ)とは経済政策の一種で、一定の物価上昇(インフレ)率を目標(ターゲット)に据えた上で、その目標を達成するまで中央銀行が金利を下げるなどして金融を緩和するというもの。日銀がインフレターゲット政策を採用すれば、日本経済は今日のデフレ状態から抜け出すことができるとして、自民党やみんなの党などが今回の選挙で公約に掲げたことで注目されるようになった。専門性が高い金融政策が総選挙の一つの争点になるのは、おそらくこれが初めてのことだろう。
  確かに、金利を操作することで物価を安定させるという日銀の中央銀行本来の機能は、ゼロ金利が常態化した今、効力を失っている。それでもインタゲ派は日本がデフレから脱却できないのは日銀が十分な資金を供給していないからだとして、これ以上金利を下げられないのなら、国債を買うなどしてもっと市場に資金を供給せよと、日銀に対して一層の金融緩和を求めている。そこには日銀が資金を供給し続けていけば、いずれ必ず目標とするインフレターゲットに到達することが可能になり、日本はデフレから抜け出すことができるとの前提がある。  普段はあまり注目されない金融政策が選挙の争点になること自体は悪いことではない。しかし、インタゲ派の批判の矛先が、安易なインフレターゲットを受け入れようとしない日銀叩きに向かっている点は、やや注意が必要だ。特に自民党やみんなの党は、政府の言うことを聞こうとしない日銀総裁の人事への介入を示唆したり、日銀の独立性を担保している日銀法の改正にまで言及し始めている。中央銀行が政治にコントロールされ、金融政策が政治権力の具となることが必ずしも好ましい結果を生まないことは、多くの歴史が証明している。
 それに、そもそも日本がデフレから抜け出せないのは、本当に日銀のせいなのだろうか。かつて、日銀が市場に資金を供給すれば物価は上がり、経済を安定的な成長軌道に乗せることができた時代はあった。しかし、今や日銀は当時の3倍もの資金を市場に供給している。にもかかわらず、モノの値段は下がり続け、我々の暮らしぶりは悪くなる一方だ。単に資金供給量を増やすだけで、この問題が本当に解決に向かうのか。
 JPモルガン証券チーフストラテジストの北野一氏は、日銀は既に相当の資金供給を行っており、これ以上金融緩和をして市中に資金を供給しても、それだけでは物価上昇にはつながらない可能性が高いと主張する。実際にデータを見ても、量的緩和の初期には物価上昇に一定の効果が見られたが、ある段階からどんなに資金供給量を増やしても、ほとんど物価があがらなくなっていると北野氏は指摘する。どうも、日銀デフレ犯人説は疑ってかかる必要がありそうだ。
しかし、ではなぜ日本は相変わらずデフレから脱却できないのか。北野氏はその問題を解くカギは、民間企業の経営のあり方にあると説く。グローバル経済の下で外国人投資家を中心に、民間企業の株主たちは今日、日本経済の実力以上のリターンを求めている。株主が要求する利益は、企業にとっては実質的には金利と同じ効果を持つ。金融機関から調達する資金の金利がどんなに下がっても、株主が求める利益が大きければ、企業は実質的に高い金利を払わされているのと同じ状態となる。
  例えば、アメリカではROE(Return on Equity=株主資本利益率)は平均8%程度なので、日本の株式市場の3分の2を占める外国人株主たちも、当然のことのように日本の企業から8%のリターンを期待する。しかし、本来の実力以上の利益を捻り出すためにその企業は、人件費や設備投資などの支出を必要以上にカットしなければならない。その結果、従業員の給料はあがらず、物も売れない状態が続く。デフレである。
  民間部門が益出しのために固く財布の紐を締めているところに、日銀がどんなにジャブジャブと資金を供給しても、それが有効な投資に回ることはない。日本がデフレから逃れるためには、日銀や公共事業などの公的セクターばかりに注目せずに、全国内需要の75%を占める民間セクターにもっと注目するべきだと、北野氏は言う。政府や日銀に「無い物ねだり」をするのではなく、民間で「ある物探し」をした方が建設的なのではないかというのが、北野氏の問題解決に向けた提案ということになる。
  哲学者の萱野稔人と社会学者の宮台真司が、デフレの真の原因と日銀犯人説の真偽、そしてその処方箋を北野氏と議論した。 

最高裁判所がおかしい

(第609回 放送日 2012年12月14日 PART1:64分 PART2:42分)
ゲスト:山田 隆司氏(創価大学法学部准教授)

 

 来る16日の総選挙で各政党は国民に信を問うべく様々な政策を掲げている。しかし、もしかするとこの選挙で問われるもっとも大きな「信」は別のところにあるかもしれない。
それは最高裁に対する「信」だ。単に最高裁判所裁判官の国民審査のことを言っているのではない。実は「違憲状態」のまま行われているこの選挙は、最高裁によって果たしてそれが有効と判断されるかどうかが問われる選挙でもあるのだ。
  最高裁は去年3月、前回2009年の総選挙で生じた2.30倍の「一票の格差」が、有権者の権利を侵害しているとして、具体的な選挙制度の不備を指摘した上で、それが「違憲状態」にあることを認めた。「違憲状態」とはまだ合憲ではあるが、このままでは違憲になるという意味だという。15人の全裁判官が臨んだ大法廷で、13人が「違憲状態」、2人が明確な「違憲」の判断を下していた。そして、野田政権はそのままの状態で、もう一度選挙を行う選択を下した。最高裁に対する明白な挑戦と考えていいだろう。
  野田政権が断行した総選挙に対して弁護士グループから差し止め請求がおこなわれたが、最高裁は選挙を差し止める権限を認める法律が存在しないことを理由にこの請求を退けた。しかし、選挙後に日本中で提起されることが予想される選挙の無効訴訟に対しては、最高裁は自らが下した「違憲状態」の真価を問われることが避けられない。
  元読売新聞記者で現在創価大学の准教授を務める法学者の山田隆司氏は、これまで最高裁はできる限り「違憲判決」については消極的な姿勢を貫いてきたと言う。結果的に過去64年間で最高裁が明確に違憲と判断した事件はわずか8件にとどまっている。これは、三権分立の下で司法は、国民に選挙で選ばれた立法府の行為を否定することに極力謙抑的であるべきであるという、消極司法の考え方がその底流にあるという。しかし、その消極司法の結果、政治は度重なる「違憲状態」の判決にもかかわらず、一票の格差を抜本的に解消しようとしなかった。それを解消することで、自分の議席が脅かされる議員が多いためだ。
  今度ばかりは最高裁は伝家の宝刀を抜くのか。山田氏は国民がどれほどこの問題に関心を寄せるかにカギがあるという。日本では伝統的に司法と国民の間に距離があり、われわれの多くが裁判所のあり方に十分な関心を払ってこなかったのも事実だろう。しかし、自ら「違憲状態」を宣言し、具体的に各都道府県1議席の事前割当が問題であることを指摘する判決を出しながら、それが全く是正されないままおこなわれた選挙を、果たして最高裁は「合憲」と判断できるのか。そのことで最高裁の権威は決定的に傷がつくのではないか。
その意味で、今回の選挙でもっとも重い信を問われているのは他でもない、最高裁なのだ。
これまでわれわれ国民やメディアが監視を怠ってきたために、最高裁を頂点とする日本の司法制度は制度的にも数々の問題を抱えているようだ。15人しかいない最高裁の判事が年間に処理する訴訟の数は1万1千件を超える。平均すると一人当たり800件弱、実際は3つの小法廷にそれを割り振っているため、一人の最高裁判事が年間4000件近くの判決に関与していることになるのだ。年間200日、1日8時間働いたとして、一つの事件に30分も割けない計算になる。これでは判決文はおろか、下級審の判決を読むこともできないではないか。
  当然の帰結として、実際の判決は最高裁判所調査官と呼ばれる司法官僚が牛耳ることになる。また、裁判所は人事も予算も最高裁事務総局と呼ばれるこれまで司法官僚からなる部局に握られている。現行の制度の下で、各裁判所の裁判官は自らの良心にのみ従って独自に判断を下せるようになっているのか。裁判所は法的には情報公開義務もないため、実態がどうなっているのかも外部からはまったくうかがい知ることができないのだ。
  裁判所は法の番人であり、人権の最後の砦でもある。裁判所が機能しなければ、民主主義が正常に機能するはずがない。最高裁をはじめとする日本の裁判所は今どのような問題を抱えているのか。それを解決に向けるためには、われわれ一人一人は何ができるのか。「裁判所に変化の兆しが見える」と語る山田氏と、最高裁判所のいまとこれからについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。 

われわれが選んだもの、選ばなかったもの

(第610回 放送日 2012年12月22日  PART1:74分 PART2:27分)
ゲスト:小林 良彰氏(慶応大学法学部客員教授)

 

 確かに自民党はどの党よりも多くの票を得た。そして有権者は明確に民主党にはノーを突きつけた。
 しかし、それにしても約300議席である。今回の衆院選において小選挙区で43%、比例区で27%の票を得た自民党が、小選挙区で議席率79%にあたる237議席を、比例区と合わせて全体の61%にあたる294議席を獲得した。今回の選挙で自民党が比例区で得た1662万票は、惨敗した前回の衆院選での1881万票よりも約220万票も少なかったにもかかわらずだ。
これを自民党との選挙協力でボーナスポイントがついた公明党と合わせると、小選挙区では44%の得票に対して82%の議席が、比例では39%の得票に対して44%の議席が割り当てられ、全体では67.81%の議席を自公で獲得している。自公合わせて4割前後の得票だったのに対し、議席は衆院の3分の2を超えて まった。
 選挙制度に詳しい計量政治学者の小林良彰慶応大学客員教授は、今回の選挙は民主党に対する「失望投票」だったと分析した上で、しかし同時に、現行の選挙制度の欠陥が顕著に議席配分に反映された選挙だったと指摘する。
もともと小選挙区は、民意が劇的に反映される特徴を持っている。そして、小選挙区制は2大政党制を生み出すとの仮説を元に、50.1%対49.9%でも勝った方に一議席のみが与えられるため、最大で49.99%の死票が出ることは覚悟しなければならないと説明されていた。ところが政治の世界は二大政党制に向かわないばかりか、今回は12もの政党が乱立しての選挙となった。結果的に3割程度の得票でも当選する人が続出した。これはその選挙区では7割が死票となったことになる。投票率を考慮に入れると、選挙区有権者の2割足らずの支持で当選した議員がいる計算になる。
 そうした背景を知ってか知らずか、獲得議席数だけを見れば地滑り的勝利にもかかわらず、自民党の安倍総裁は「自民党が積極的に支持されたわけではない」と繰り返し述べるなどして、党内を戒めている。獲得議席数だけを見て浮かれていると、民主党の二の舞になると言わんばかりだ。
 しかし、それにしても死票が7割も出る制度が正当化できるはずがない。小林氏は6回やっても二大政党制にならないのだから、そろそろその幻想は捨てて、新たな選挙制度を模索すべきだとして、具体的には「定数自動決定式比例代表制」なる新たな選挙制度を提案している。
 また、今回の選挙では、歴史に残る大きな原発事故後の最初の選挙であったにもかかわらず、原発が大きな争点にはならなかった。小林氏は脱原発を望む人の数が過半数を超えていたとしても、有権者の関心がより直近の課題である景気や雇用問題に向いていたために、今回の選挙では原発政策は投票行動を左右する決定的な要因にはならなかったと分析する。それは被災した東北地方や福島を含む原発立地 において、自民党が万遍なく得票を伸ばしたことを見ても明らかだ。
  今回の投票行動を地域別、年齢別、ジェンダー別などで分析した小林良彰氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司がこの選挙の持つ意味を議論した。

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