2014年09月06日公開

あれだけの不祥事があっても検察はまったく変わっていなかった

元検事郷原信郎氏が美濃加茂市長を起訴した検察を厳しく批判

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ゲスト

1955年島根県生まれ。77年東京大学理学部卒。三井鉱山勤務を経て80年司法試験合格。83年検事任官。東京地検検事、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事、東京高検検事などを経て、2006年退官。08年郷原総合法律事務所(現郷原総合コンプライアンス法律事務所)を設立。10年法務省「検察の在り方検討会議」委員。著書に『「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で』、『検察崩壊 失われた正義』など。

著書

司会

概要

 元検事で現在弁護士として活動している郷原信郎氏は、古巣の検察をこよなく愛している。しかし、その郷原氏の目から見ても、このたびの藤井浩人美濃加茂市長の逮捕・起訴は一度動き出したら「引き返すことができない検察」の姿を如実に現しているという。残念ながら検察は変わっていなかった。
 愛知県警と名古屋地検は、史上最年少の市長として全国的に名を知られる30歳の藤井浩人美濃加茂市長を収賄容疑で逮捕・起訴し、現職の市長ながら62日間にわたって勾留した。しかし、藤井氏の主任弁護人に就いた郷原氏は、その容疑はあまりにも裏付けが弱く、とてもではないが現職の市長を逮捕、起訴することが正当化される類いのものではないと言い切る。
 警察・検察が描く事件の構図はこうだ。
 藤井市長が市議だった2013年、氏の強い働きかけにより、藤井氏の出身中学校に雨水濾過機設置が設置された。あくまで社会実験ということで、市から料金の支払いなどは行われていないが、それを納入した名古屋市の浄水設備業者「水源」の中林正善社長は、それをモデル事業として提示することで、全国の自治体に雨水濾過装置の営業をかけていたという。
 その中林社長が2014年の2月と3月に別の詐欺容疑で逮捕され、その取り調べの過程で藤井市長に賄賂を渡していたと供述した。これを受けて愛知県警・岐阜県警による合同捜査本部は藤井氏が市議時代に中林氏から現金30万円を2回に分けて受け取った疑いがあるとして事前収賄容疑などで逮捕した。
 藤井市長自身は市の担当課長に浄化設備の導入を促していたことなどは認めているが、金銭の授受は一切なかったと主張している。藤井氏自身が東日本大震災で被災地が水に困っている様を見て、雨水濾過装置は非常時に市民の役に立つものと考え、その導入を積極的に働きかけたことは認めているので、この事件での唯一の争点は金銭の授受の有無ということになる。
 しかし、そもそも藤井氏に30万円を渡したと主張している中林社長が、既に2100万円の融資詐欺で起訴されている上に、郷原氏が検察から開示された証拠を確認した結果、中林氏は他にも愛知県の10金融機関から約4億円の融資詐欺を働いていたことを供述していることがわかったという。中林氏の融資詐欺については、なぜか2100万円分のみしか起訴されていないが、実は中林氏は、藤井氏が関わった美濃加茂市への濾過装置の導入を巡っても、融資詐欺を働いていたことがわかっている。濾過装置の導入が決まっていない段階で、教育委員会の文書を偽造するなどして、4000万円を金融機関から騙し取っていると郷原氏は指摘するのだ。この事件は、そのような人物が「市長にカネを渡した」と言っているというだけで、現職の市長が逮捕されてしまったわけだ。
 しかも、実は賄賂を渡したとされる市議当時の藤井氏と中林社長との会食の場には同席者がいて、その同席者が金銭の授受は無かったと明言している。その同席者は、会食中、一切席を外していないと断言しているというのだ。
 藤井市長は「市のためになると思ったことを市に働きかけるたびに、裏でカネが動いているに違いないといった疑いをかけられるようになってしまえば、市議は仕事ができなくなる」と、この事件で無罪を勝ち取ることの重要性を強調している。
 この事件は警察から送致された事件であり、特捜事件ではない。しかし、元検事の郷原氏は名古屋地検が警察からこの事件が送致され、検察が証拠を確認した段階で、起訴を見送る「引き返す勇気」が必要だったと強調する。
 名古屋地検の最高責任者の地位にある長谷川充弘検事正は、厚労省の村木厚子氏に対する証拠改ざん事件の際に、最高検察庁検事として大阪地検特捜部の大坪元特捜部長、佐賀元特捜部副部長を犯人隠避事件で起訴した際の主任検察官だった。
 郷原氏はあの事件が、一旦、村木氏という厚労省の大物官僚を逮捕してしまった以上、証拠を改ざんしてでも何とか起訴しないわけにはいかなくなってしまっていたという意味で、検察が引き返す勇気を持てなかった典型的な事例と位置づける。特に逮捕した相手が社会的な地位がある人物だった場合、引き返す、すなわち不起訴とするには大変な勇気が求められることは言うまでもない。
 藤井市長の場合も、現職の市長を逮捕しておきながら、もしこれが不起訴となれば、前代未聞の不祥事となることは避けられないだろう。しかし、それを無理矢理起訴してしまったことで、検察は藤井市長並びに美濃加茂市の市政に多大な影響を与え続けることになるばかりか、日本の地方自治全体にも大きな影響を与える選択をしてしまった。
 一旦、公判が始まり最高裁まで争われれば、判決が確定するまでには数年を要する。そうなれば、現在当事者の地位にある幹部たちは、別の部署に異動になり、「前代未聞の不祥事」の責任を負わなくてすむ可能性が高い。そのような理由から「引き返す」ことよりも「行くところまで行ってしまう」方が得策と考えて検察が起訴に踏み切ったのだとすれば、これは公訴権の濫用以外の何ものでもない。
 裁判の結果がどうなるかは判決まではわからない。しかし、郷原氏によると公判前整理手続きでは、これといった決定的な証拠は検察側からは一切提示されなかったという。現金の授受が行われたとされる藤井氏と中林社長とのファミリーレストランでの会食の同席者が、自分は一度もトイレにも行っていないと主張すると、警察・検察は「ドリンクバーにドリンクを取りに席を立ったことはあった」というストリーを無理矢理に作り、何とか金銭の授受が可能だったとする供述を引きだそうとしたという。
 美濃加茂市長収賄事件の主任弁護人を務める郷原信郎氏と、美濃加茂市長収賄事件の問題点と日本の刑事司法に蔓延る病理を議論した。

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